彭文楽が誘拐されてから3年が過ぎようとしていた2011年2月1日、この春節を2日後に控えたその日に、彭高峰は江蘇省鄭集中学の“王東”という高校三年生から「彭文楽を見かけたし、写真も撮った」という電話を受けた。王東はネット上で彭文楽の写真を度々見ていたが、春節休みを利用して江蘇省邳州市<注1>に住む親せきを訪ねたが、そこで彭文楽によく似た子供を見かけて驚き、彭高峰に知らせようと写真も撮ったのだという。

<注1>邳州市は徐州市の管轄下にある県級市で山東省に隣接する。

DNA検査で親子関係が確認された

 以前にも幾度となく同様の電話を受けて、期待しては裏切られた経験を持つ彭高峰はまたかという気分だったし、翌2日に送られてきた写真を見ても、「自分によく似た子供が写っているけど、加工されたインチキ写真じゃないか」といった気持だった。ところが、写真を見た専門家が加工された痕跡はないと判定した瞬間に、それは激しい動揺に変わった。彭高峰は速やかに深圳市公安局に電話を入れて状況を説明し、公安局は協力を約束して邳州へ人を派遣すると言ってくれた。

 時期が春節の民族大移動に重なったために、飛行機のチケットはすぐには取れず、彭高峰および深圳市公安局刑事分隊の朱隊長を含む深圳市警察の人員が徐州市経由で邳州に到着したのは2月6日であった。翌7日に地元警察と打ち合わせた上で、一行は彭文楽と思われる“韓龍飛”という名の子供のいる家に向かったが、“韓龍飛”は祖母の家に行っていることが判明してその日の捜査は中止となり、翌8日午後に警察が祖母の家に出向いて子供を保護すると同時に子供の養母を邳州市公安局に連行した。

 邳州市公安局の門前で子供の到着を今や遅しと待ち構えていた彭高峰は、到着した車から降りた赤い服を着た子供を見て大声を上げて泣きだした。すると、子供は警察官に「あの泣いている人は僕の父さんだ。僕は覚えている」と叫んだ。これを聞いた彭高峰は携帯電話を取り出すと深圳市にいる妻に電話をかけて「文楽が見つかったぞ」と伝えたが、それに続いて電話を受け取った子どもが「ママ」と叫んだ。その「ママ」という発音は誘拐される前に覚えた、紛れもない彭家の「湖南なまり」だった。

 2月9日夜には彭文楽のDNA検査の結果が判明し、彭高峰との親子関係が確認された。そして、2月10日夜7時、彭高峰と文楽の父子は南京発の飛行機で深圳空港に到着し、文楽は出迎えた母親との再会を果たし、彼が行方不明の間に生まれた弟とも対面して、一家4人は新たな生活に踏み出すことになった。一方、彭文楽を誘拐したのは邳州市の養母の夫である可能性が濃厚だが、養父は既に死去している模様で、貧しい生活ながら文楽を学校へ通わせて大事に育ててくれたことを考慮して、彭高峰は養母を告訴することには消極的である。ただし、養母のところには文楽の下に妹がいて、この妹も広東省から誘拐してきた可能性が浮上していることから、子供たちの誘拐に養母が無関係ということにはならないだろう。

掲載された写真は2000枚以上になった

 さて、中国では子供の誘拐事件は頻繁に発生している。彭文楽の例のような単純な子供欲しさの誘拐事件はまだましで、子供を誘拐した上で身体に損傷を与え、人々の同情を集めやすい障害者にして物乞いを強制する事例が後を絶たないのが実情である。2011年1月17日、中国社会科学院農村発展研究所教授で、社会問題研究センター主任の“于建嶸”は、ある母親から「子供が誘拐されたのでネットを通じて子供を捜したところ、ネットユーザーから送られてきた写真の中に、両脚を損傷されて障害者となり街頭で物乞いをさせられている子供を見つけた。急いでその土地まで出かけて子供を捜したが見つからなかった」という趣旨の救援要請を受けた。

 この要請に応えて、1月26日に于建嶸は“随手拍照解救乞討児童(すぐに写真を取って物乞いする子供を救おう)”というミニブログをポータルサイト“新浪網(sina.com)”に開設し、読者に街頭で物乞いする子供を見たら即座に写真を取って当該ブログに張り付けるように要請したのである。このミニブログの反響は大きく、開設から5日間で1万人近くが読者登録を行い、ネットユーザーが撮影した224枚もの物乞いをする子供たちの写真が掲載されたのだった。さらに、開設からわずか半月の2月11日時点では、読者登録は11万人を突破し、掲載された写真も2000枚以上となった。この掲載された写真の中に誘拐された我が子を見出したと書き込みを行う親も現れ、その要請を受けた公安局から捜査する旨の書き込みがなされるまでになった。

 于建嶸はメディアに対して、今後は物乞いする子供たちの写真を集めたデータベースを作り、哀れな子どもたちを少しでも多く救い出したいと抱負を語っている。しかし、今では物乞いする子供たちが写真を撮られることを怖がるようになり、物乞いをさせている黒幕たちが子供たちを別の地域に移動させたり、写真を撮られても認識できないように子供たちの身体に新たな損傷を加えたりする危険性があるとも、于建嶸は警告を発している。

 物乞いする子供たちは誘拐された子供のほかに、貧困の故に親が子供を乞食の親方に売り渡した者や貸し出した者、親に捨てられた子供、さらには両親や親戚が子供を引率して物乞いをさせている者などがあり、物乞いする子供を一律に誘拐された子供と断定することはできない。そうした中で最も憎むべきものは、誘拐した子供の身体を故意に損傷して身障者とする非人道的な悪辣な行為であることは言うまでもない。

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