いずれにせよ医者や弁護士といった業種では、自身のキャリアのために長期の評判を守る強いインセンティブが存在する。もちろん、悪徳な医者や弁護士がこの世に存在しないというわけではないが,彼らに与えられている元々のインセンティブの強さや情報格差の大きさからすると、こうした問題は最小限に抑えられているといえよう。資格による参入制限に起因する自分の立場に対するコミットメントは、情報格差を利用した不適切な取引が起こるインセンティブを緩和する要因となっているのである。

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 これらの議論からわかるように、売り上げのような短期の成果に依存した成果主義を導入するときに気をつけなければならないポイントは、企業に対する労働者のコミットメントの程度であるといえる。もちろん、これは短期雇用の労働者に成果主義を導入してはならないという単純な話ではない。扱う取引内容に関して情報格差がない場合は、不適切な手法で売り上げを伸ばすことが難しいため、目先の利益と長期の評判の対立は比較的起こりにくいであろう。

 このようなケースでは,短期雇用の労働者は(短期であれ長期であれ)そもそも利益を上げるインセンティブが弱いので、それを補うためにより強い成果主義が望ましいかもしれない。しかし、取引内容に情報格差が大きく、長期の評判を犠牲にして目先の利益を上げることが可能な場合には、長期的なコミットメントをしていない者に対して強い短期のインセンティブを与えることは、大きな努力配分の歪みをもたらし全体の効率性を引き下げる要因となる.重要なのはインセンティブのバランスである。

 最後になるが、労働者の長期のインセンティブが転職のコストによって大きく影響を受けるのはすでに述べたとおりであるが、この他に企業の置かれている状況も非常に重要な役割を果たすことを付け加えておきたい。明日にも倒産しそうな企業が労働者に長期のインセンティブを与えることが難しいのは想像に難くないであろう。

 企業が厳しい経営状況にある場合は、ほんの僅かな短期のインセンティブであってもそれが目先の利益を優先した行動につながりがちである。もちろん、倒産しそうな企業ほど目先の利益が必要となるので、こうした企業ほど厳しいノルマなど短期の成果に対して強いインセンティブが与えられている傾向があるのもまた事実である。業績不振の企業で短期と長期のインセンティブのバランスが大きく歪むのは、こうした企業が陥りやすい悪循環といえるであろう。

成果主義が引きおこす足の引っ張り合い:個人とチームの対立

 成果主義による短期と長期のインセンティブの歪みも深刻な問題ではあるが、その一方で、多くの人がより強く感じるのは、成果主義が職場の連帯感を損なうのではないかという漠然とした不安だろう。こうした不安はあながち全く根拠のないものとも言えない。その最大の理由は、企業内で労働者に与えることのできる報酬の原資(特にポストの数)は往々にして限られているため、評価が相対的なものとならざるを得ない点にある。

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