では,この販売員が情報をどの程度歪めるインセンティブがあるかというと、それはやはり、この販売員が直面している短期のインセンティブの強度に大きく影響される。極端な話、明日までに契約をとってこなければクビだといわれていれば、長期のインセンティブなどは全くなく、何としてでもとにかく目先の契約をとることだけが重要となるだろう。

ノルマがきつすぎると、情報操作のインセンティブが強まる

 これは多少極端としても、一般的に報酬が売り上げ(契約数)に強く依存していればいるほど、販売員の情報操作のインセンティブは自ずと強まることとなる。過剰なノルマや歩合といった短期のインセンティブは不適切な販売手法を助長し、企業の長期的な利益を損なう可能性を高めるといえよう。

 とはいえ、売っても売らなくても同じであれば、情報を歪めるインセンティブはなくなるかもしれないが、同時に、顧客のニーズを素早く察知し、顧客が気づいていない利点をアピールするような適切な営業活動をするインセンティブも損なうこととなる。短期の売り上げに全く依存しないインセンティブ体系が良いかというと、このケースに関しては必ずしもそうとはいえない。

 このケースが上述のガソリンスタンドのケースと特に異なるのは、住宅の販売員は、おそらくはバイト店員ほどに転職が容易でなく、それ故に企業の目標とある程度合致した長期のインセンティブを有しているという点である。例えば、うまく顧客をまるめこんで目先の契約をとることができたとしても、それによって後々に会社の悪評がたつようでは、自身の将来のキャリアに悪い影響をもたらす可能性は否定できないであろう。

 まして、そうした悪評のせいで自社の業績が傾くということになると、この販売員自身が様々な不利益を被ることになるはずだ。このようにある程度長期的に「縛られている」労働者に対しては,多少の短期のインセンティブを与えたとしても、それが即座に大きくインセンティブのバランスを歪めることとはならないのだ。ガソリンスタンドのバイト店員よりは強めの成果給が正当化される状況といえる。

例3 医者・弁護士

 医者や弁護士などによって供給される専門知識は、売り手と買い手の情報格差の大きい最たるものといえる。どのような医療行為や法的オプションが適当なのかという判断に関して、売り手側に圧倒的な情報の優位性があることは紛れもない事実だ。しかしその一方、特に開業医や法律事務所のパートナーなどのような立場にある場合は、彼らが面している短期の売り上げに対するインセンティブもこれまでのケースと比較しても格段に強いはずである。ガソリンスタンドで部品の交換を言われるがままにする人は少ないであろうが、医者や弁護士が相手の場合は問題ないのであろうか。

 成果主義から若干話がそれるが、個人開業医のように独立した立場の場合、短期と長期の対立という問題の本質に関しては成果主義同様の議論が成り立つ。これまでの話の流れからもわかるように、いわゆるプロフェッショナルによる業種は、強い成果主義がそれほど大きなインセンティブの歪みを引き起こす要因とはならない業種の1つといえる。

 まず重要なのは、これらの職業では資格を得るために非常に多くの時間と労力をかける必要があり、得られる収入も比較的高いため、結果として転職のコストが非常に高い点である。既に独立している場合はなおさらだが、こうした業種の評判はかなりの部分個人に帰属するため、目先の利益のために悪評が立てばこれを一生背負っていかなければならない可能性も高い。ここが企業名や特定の店舗に評判が帰属する状況との決定的な違いだ。

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