目に見えやすい成果である売り上げに強く依存したインセンティブ体系は、営業担当者の情報操作のインセンティブを相対的に高め、その関心をより目先の利益を上げる方向へと誘導するであろう。この短期と長期のインセンティブのバランスを著しく欠く時に、成果主義は企業にとって負の効果を与えることとなる。以下では、どのような環境においてこうした問題がより顕著になるのか、いくつかの例を通じて見てみたい。

例1 ガソリンスタンド

 読者はガソリンスタンドに行ったときに、いかにもアルバイトと思しき店員に執拗にエンジンオイルや部品の交換を勧められた経験はないだろうか。仮にこうした勧誘行為がバイト店員に課せられたノルマや歩合などのインセンティブで引き起こされているならば、これはまさに悪い成果主義の典型といえる。もちろん「積極的な」営業努力が短期の売り上げ増大に貢献する可能性は否定しないが、あまり度が過ぎる勧誘や不適切な販売行為は長期的な評判を損なうこととなりかねない。

 ここでの成果主義が良くない理由は主に2つある。第1に、車のメンテナンスに関わる一連の作業は、売り手と買い手の間の情報格差が比較的大きな取引に類する点である。かなりのマニアであればいざしらず、一般的なドライバーにとって様々な部品やオイル類の交換時期を正確に見極めるのは相当に困難だ。そもそも部品の交換が遅すぎて安全面での問題になることはあっても早すぎて問題になることはないため、売る側はこうした情報の格差を利用して、必要以上に部品交換を勧めるインセンティブが潜在的にある。

長期の評判を守るインセンティブがないアルバイト

 こうした取引環境のもとでより重要な第2の理由は、アルバイト店員は一般的に転職のコストが低く、そのために(企業や自分自身の)長期の評判を守るインセンティブが弱いという点である。バイト店員の立場に立って考えてもらいたい。とりたてて厳しい就職活動を経たわけでも、また他で全く得られないような待遇を受けているわけでもない。特に長期的なコミットメントをしていない以上、キャリアのために自身の長期的な評判を守る必要性はそれほど強くはないであろう。また仮にその企業の評判が多少傾いたとしても、辞めて次の職を探すことにもそれほどの大きなコストは伴わないであろう。転職のコストが高く長期的なコミットメントをせざるを得ない正社員に比べ、長期の評判を守るインセンティブがないことは明白である。

 このように「情報の非対称性」がある取引環境で、転職のコストが低く長期的なコミットメントのないバイト店員に対して売り上げという目先の利益を基に報酬を与えることは,短期と長期のインセンティブに大きな歪みをもたらす要因となる。もちろん、潜在的な需要を掘り起こして利益を確保する誘惑は確かに存在するが、それがこのケースのように長期の目標との深刻な対立を生み出す場合、目先の利益にはあまりこだわらない方が望ましいといえよう。車のメンテナンスのような取引では,特に短期雇用の店員に対して、売り上げという短期の成果に対する報酬はそれほど比重を大きくしない方が賢明といえる。

例2 住宅販売

 多くの人にとって住宅の購入は人生最大の買い物だが、残念ながら住宅の売買も、情報の非対称性ゆえに取引が非常に難しい商品である。誰しも欠陥住宅を買いたいと思わないが、自分のニーズに本当に合致した物件なのかという点や地震や災害のリスクに関する情報など、事前に専門的なアドバイスを必要とする検討事項は多々存在している。

 こうした情報を全て包み隠さず販売員から引き出せるのであれば苦労はないが、販売員には目先の物件を成約させる必要があるので、当然ながら自分に都合の悪い情報は秘匿し、都合の良い情報は誇張して伝えるインセンティブが存在する。どうしても情報が自社物件に対して有利に偏ったものとなる可能性は否定できないであろう。

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