:つまらない結論かもしれないけれど、絶対返ってこないものとの対話じゃないですかね、今回の千早町は。昔に暮らした土地を、もっと進めていくとお墓になると思うんだけど、年寄りを見ていると、墓に入った人と話をしているんだよね。50年前に暮らした家並みみたいなのを見た時には、僕も何かを話していたんじゃないかと思いますね。

それは、誰と話していたんですか。

:誰だろう。かつての自分ではないだろうけど。

小田嶋:大塚三業通りの話だけどね。それはあんまり色っぽい話じゃないんだけど……。

大塚三業通りって、某さつき荘関連? (ここも前回参照

小田嶋:はい、某さつき荘のことです。あのですね、色っぽい話になっちゃったものというのは、あんまり思い出にならないの。それはだいたい、けんかして別れています。

:いやいや、まったくその通りだよ、きっと。

小田嶋:それで、ものにならなかった話で、その周辺をちょろちょろしている、というのは思い出になっちゃうのよ。2回ぐらいお茶は飲んだけど、結局何もなかった、ぐらいの話がね。

:だから、それは折り合いがついてない、ということでしょう。

小田嶋:自分の中で整理がついていないから、そういうものは、いまだに美しいわけ。

:そうだよ。しかも、美しいだけじゃなくて、ずっと引きずってしまうものがあるわけです。

小田嶋:ちゃんと結論が出てない交際ね。というか、交際に至ってない。

:向こうから見れば、交際ですらなかったものだよ。

次回、赤羽編!

小田嶋:向こうからしたら、「あ、そんな人、そういえば、いた?」と、うっすらと思い出せるぐらいの話。だけどこれが、「ああ、オダジマね」と即座に思い出すような話になると、それはこっちも、あんまりいい思い出を持ってない。だって、よかったら結婚しているんだから。

:そうそう。そもそも、そうそう。

小田嶋:お互いよくなかったから別れているわけで、そういう話って別に思い出してもそんなに来ないんだよ。

ということで、うっすらと彼方にあるものが「来る」ものである。――というのが、今回の千早町歩きの発見でした。今回も予想通りに、やっぱり「ヤオイ」でした……。

(※次回、ついにオダジマの本丸、赤羽を歩きます)

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「人生の諸問題」は4冊の単行本になっています。刊行順に『人生2割がちょうどいい』『ガラパゴスでいいじゃない』『いつだって僕たちは途上にいる』(以上講談社刊)『人生の諸問題 五十路越え』(弊社刊)

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