:大家さんのT島さんが僕を天神荘に入れたのは、もちろん同情が一番大きかったんだけど、あそこは独り住まいのおばあちゃんが4人、入居していたんですよ。そんな中で、男が1人いた方がいいということもあって、僕はトイレ掃除は免除で、代わりに樋とかが壊れたら直せ、ということだった。

21世紀における「シェア」の概念を先取りしていたんですね。

:そうね。今風に言えばね、まさしく。でも、ほかの人たちはみな、独り暮らしのすごい高齢の、お金のないおばあちゃんですからね。毎日、煮付けとかを作って、持ってきてくれるんだけど、味が合わないわけだよ、これ。かといって、残すこともできないし、捨て方も分からないわけですよ。だからもう、がんすか食うしかない。

小田嶋:大家さんが米穀店だったら、米は食べ放題だったんだろう。

ぜいたくな暮らしをしていたんじゃないですか。

:でも、いい米かどうか分からない。人に売れない米だったかもしれない。古々々米だったような気もする。だって、味なんて関係ないからね。だいたい、自炊なんてやったこともないから、米を炊くことすらおぼつかないわけだよ。無洗米なんてなかったしさ。最初はひたすら、「どうするの、これ?」という感じだった。

社員名簿に「荘」はないよなあ、と

失われた時を求めて、漂っています。

小田嶋:昔は自炊のハードル、高かったよね。

:セブン-イレブンはありませんでしたからね。

小田嶋:セブン-イレブンはないし、それに炊飯器も、今みたいに押せばいいよ、みたいなものじゃない。今の炊飯器は、ばかでも炊けるようにできているけれど、がぜん楽になったのは、昭和60年代ぐらいからですよ。

 っていうか、俺、今、思い出したんだけど、お前は第二天神荘を、何とかかんとかって、別名にしていたよね。ある時、「コーポテンジン2という住所でも、葉書は着くぞ」って言って、世間に向けてはコーポというネーミングを使っていた時期があった。

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