小田嶋:今の連中は、「別れる」という感じがほとんどない。たとえばお前と中学時代にバッテリーを組んでいたコヤナギなんかとは、30年ぶりに会ったわけだから面白く思えるんだよね。それが30年間、コヤナギと密に連絡を取り続けていた、といったら気持ち悪いでしょう。

:それはものすごく気持ち悪い。だから今は、田舎からの再出発ができないらしいですね。

小田嶋:大学デビューとかが、できにくい。積み重ねてきたフェイスブックやLINEをリセットするには、相当な勇気がいる。

:それ、嫌だな。

小田嶋:これはお前ともたびたび話したことだけど、我々が大学でいまいち地方のやつに勝てなかったのは、そもそも東京の高校でつながっていたからだよね。早稲田の構内を歩いていると、ソネ(=高校の時の同級生)とかにすぐ会っちゃう。だから大学で人生をリセットできないし、デビューも無理なんだよ。

:早稲田には小石川から何十人も来ていたし、クラスからだって何人も来ていたからね。

小田嶋:その意味で、かつての地方出身のやつらのアドバンテージも薄れる時代になった。

少年時代と高校時代をつなぐ…

千早と要町の境にある「粟島神社」に至る。

:話を千早町に戻すけど、この家のそばには、小さな神社もあったんですよ。そこにも行ってみたいんだけど。

粟島神社ですね。敷地内に由緒の札があります。新田義貞の祈願所だったということですが、この神社には「谷端川(矢端川とも。以下こちらで表記します)」の水源があるんですね。矢端川は、今は暗渠になっていますが、かつての川筋は東武の板橋駅の手前をくぐって、大塚駅前の大塚三業地の路地につながります。

小田嶋:巣鴨ラブホ街から大塚の三業地……。昔、あそこのバッティングセンターの横にアーケードがあって、そこを歩いていってしばらく行ったところのお風呂屋の手前に、某さつき荘というアパートがあって。

何となく幸薄そうな名前ですね。

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