:僕、この裏に住んでいて、お宅のお店を図書館のようにして育ったんです。気に行った本をしょっちゅう家に持って帰っていたんですけどね。

店主:持って帰って?

:ええ、だいたい、お金は払わずに。

店主:……ということは、万引きをされていたということでしょうか?

:う、いや、その時点ではそうですが、後で親がまとめて払いに行っていて。あの、すごい子供の時のことなんです。

店主:あの、あなた、どちらさんですか?

:岡といいます。ほら、裏に住んでいた。覚えていませんか。

店主:……(覚えているわけがない)。

:うちの大家さんが、U田さんで。

店主:……ああ、U田さん、はいはい。

:それから、S根さん、O谷さん、O川さん、Y木さん……。

千早町でタイムスリップ

(という具合に、岡さんの頭の中の地引き網が、幼少時の記憶をざざっと引き上げる。50年前と変わらぬ健在ぶりの店主としばらく昔話をした後、裏の路地へ。なんと、そこにも50年前の一画がそのまま残っていた!)

:そうだよ、ここ、ここ。ここの壁に木製の共同ゴミ入れがあって……(追憶まっしぐら。)

火を付けたマッチ棒を入れて遊んでいたという、あれですか(連載第1回参照。7年越しに話しがつながりました)。

:そう、それがボヤになって、路地のおばさんたちがみんなで水をかけて消したという。で、僕はお仕置きとして、木に縛り付けられたという話で、その木があれ。

小田嶋:その家が50年の歳月を経て残っているのは、確かにすごい。

:ここは小さな家が並ぶ住宅地で、駅にも商店街にも遠いけど、本屋さんの目の前には八百屋があって、こっちに曲がると肉屋があって、あと本屋の並びにはお医者さんもあった。そこは東京女子医大の女の先生が2人で代わりばんこに診ているようなところで、だから、すごく暮らしやすかったんだよ。

小田嶋:陸の孤島のようでいて、ライフラインはちゃんと揃っていたんだね。

:町全体が庭みたいな感じで、というか、今ではもう、僕の個人的な博物館みたいな感じになっている(笑)。

小田嶋:笑いながら、むせび泣かないでくれ。

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