小田嶋:私はひきこもりコラムニストなので、現場には行きません。生き物にたとえるのならば、アリジゴクでしょうか。地面に穴を掘って待っているのがコラムニスト、アクティブに狩りに行くのがジャーナリスト。

内田:自慢じゃありませんが、僕も狩りには行きませんよ。大学で先生をやっていた頃は、鵜飼いのように待っていればよかった。学生が採ってきた魚を見て「へぇ、最近はこんなのが採れるのかい」と言う。

小田嶋:学生さんがアンテナになるわけですね。

内田:いまアクチュアルに活発なものが何なのか、メディアが取り上げる前にわかるんです。学生は新聞を読みませんから(笑)。「先生、ONE PIECEで卒論を書きたいんですけど」「え、ONE PIECEってなに?」「先生、『水曜どうでしょう』で卒論を書きたいです」「水曜どうでしょうって?」

小田嶋:教壇に立たれている方ならではの強みですね。

内田:ただ、僕も教師生活が終わったので、これからは世事に疎い男になります。

小田嶋:そうですね。……あ、ここで、「そうですね」と言ってしまうのが私の社会性のなさなんです。

内田:実は、昨日も小田嶋さんにお会いしたんです。神戸に新しくできた僕の道場兼自宅である「凱風館」の竣工記念パーティに来ていただいたのです。会場で一人、全身からいたたまれないオーラを出していたのが小田嶋さんでした。

小田嶋:とても有意義でした。東京を離れたのは、それこそ数年ぶりだったんです。

内田:えっ? 数年ぶりですか。

小田嶋:箱根の山を越えたのは、10年ぶりくらいですね。

内田:そんなに…。

小田嶋:おかげさまで、関西に対する偏見と、武道家に対する偏見がやわらぎました。

内田:小田嶋さんは、大学を卒業してすぐ、大阪に行ったんですよね。

小田嶋:はい。大阪には半年くらいいました。食品会社に就職したのですが、研修期間中に“粗相”があったらしく、同じく粗相があった大阪のヤツと入れ替わりで行ったんです。

内田:どんな粗相をしたんですか。

小田嶋:たぶん、態度が生意気だとか、そんな感じだと思います。

 神戸の凱風館を訪れた以外にも、実は一人で大阪の街を歩いてみたんです(「イタリアと大阪の実に困った相似」参照)。ちょっと感傷的な気分を味わおうと思って。

内田:大学卒業以来の大阪だったとなると、30年ぶりくらいになりますね。

小田嶋:それ以来、私の大阪のイメージは、グリコ看板と通天閣と、食い倒れ人形の3つでした。自分の中でわざとイメージを悪くしていたのかも知れませんね。

内田:ずいぶんとステレオタイプな…。神戸や芦屋、西宮といった、阪神間というエリアはいかがでした?

小田嶋:電車に乗って通っただけですが、山が迫っていて、海があるという土地のムードが、鎌倉や横浜に似ていますね。

内田:僕の母親が、阪神間出身のお嬢さんでした。僕は東京の生まれですが、母は僕に、昭和10年代の阪神間のブルジョアのお嬢さんは、どれほど愉悦に満ちた暮らしをしていたかを話して聞かせるんです。

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