小田嶋:「翼をください」は、岡の間違え方の話としていい話ですよね。山田詠美が「小説家にとって一番大切なのは記憶力だ」ということを言っているんだけど、それってどういうことかというと、小説を書くときは何かを一から創造するんじゃなくて、実は自分の覚えていることを使っているんだ、と。

 記憶ってまるっきり正確に丸ごと覚えているわけじゃなくて、あるものに何かタグを付けて圧縮して覚えていて、それを呼び出してくる。そのタグの付け方と、呼び出すときの展開の仕方に個性というものがある。岡は時々、不思議な間違え方をしているのを、俺はずっと見てきたのよ。

:またその話に戻すのか。

小田嶋:ああ、この人はとてもクリエーティブな間違え方をしている、と。

:小田嶋が言っている僕は、結局、間違えおじさんじゃないか。

小田嶋:岡の場合は、覚えてないというのとまた違うんだよ。何かは覚えているんだけど、違う覚え方をしているという。

「アリ」を「おばさん」と覚えるようなことでしょうか。(北海道大学受験にまつわるこのあたりは、シーズン1の「受験」と「恋愛」と「デニーズ」とを参照)

:これだと、なかなか偏差値が上がらないわけだよね。

「セイワさん、間違ってごめんなさい」

小田嶋:だいたい俺らのこの対談だって、クラス会へ行ったら、違うぞ、と言われてさ。

え。

小田嶋:『人生2割がちょうどいい』に、セイワが着流しで裁判所へ行ったという話が出てくるでしょう。この間、セイワに会ったら、「いくら何でも高校生が着流しで裁判所へは行かないだろう」と言われて、訂正されたりしたじゃない。

:うん、訂正されたね。

小田嶋:俺が何で着流しで裁判所に現れるんだ、と(笑)。

:確かに、言われてみればそうね。

だって、それ、岡さんが自信たっぷりに。

小田嶋:別の日に着流しで現れたセイワの印象が岡の記憶に残っていて、それが裁判所に結び付いたんですね。だからまるっきり根拠がないわけじゃなくて、断片はちゃんとある。

:考えてみれば、高校生が着流しで裁判所は、ちょっと頭がおかし過ぎる。

小田嶋:だよ(笑)。

:いくら何でも、そんな高校生はいない。

なんて無責任な。セイワさん、ごめんなさい。この場を借りてお詫びいたします。

(と謝ったところで次回へ)

おじさんたちの青春の光と影は、意外に面白い
いつだって僕たちは途上にいる』(岡康道×小田嶋隆)

 日経ビジネスオンラインきっての長寿コンテンツ、ひいては小田嶋隆を“再び”世に出した当連載(自慢)が、みたび単行本になりました。五十路を越えたお二人が、青春時代を振り返る、かと思えば、現世の悩みにドリフトし、すべりにすべって横道に逸れていく、そこにキヨノ姐さんがぐさっとブレーキ。暑くて眠れない夜に、ページを開けばくすくす笑いと共に、気持ちがちょっと楽になる(かと思います)。効能は是非、購入してお確かめくださいませ(Y)

(「人生の諸問題 令和リターンズ」はこちら 再公開記事のリストはこちらの記事の最後のページにございます)


「人生の諸問題」は4冊の単行本になっています。刊行順に『人生2割がちょうどいい』『ガラパゴスでいいじゃない』『いつだって僕たちは途上にいる』(以上講談社刊)『人生の諸問題 五十路越え』(弊社刊)

この記事はシリーズ「もう一度読みたい」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。