ちなみに英語版が72年に出ていますね。

小田嶋:これはだいたいが美しく敗北している歌なんですよ。だって気分が負けているでしょう。

:そんな感じだっけ。

小田嶋:泣きながら歌う感じのものですよ。

この歌は、岡さんのどういう青春のシーンに流れていたんですか。

:僕は中学生のときに、すごく自分が不幸だと思っていたの。理由はもう思い出せないけど、毎日がつらかった。学校へ行くのも嫌だし、友達も少ないし、孤独でしたからね。そのときに、とても勇気付けられたというか。

中2病のBGMだったんですね。

:やめてよ、そんな簡単に。

小田嶋:中学時代、俺は孤独じゃなかったし、洋楽にかぶれていて、日本の歌をものすごくばかにしていたから、鳴っていても聴かなかったですよ。日本語だというだけで、もう何よこれ、とかいって、聴いてないわけですよ。

その目線だって中2病ですよね。

小田嶋:はい。中2病のよくある話ですね。

思春期よりも物理的な制約ですか!

:ちなみに「五つの赤い風船」も「赤い鳥」と同じころに活躍していたんだよね。

「五つの赤い風船」が1967年から72年。「赤い鳥」が1969年から74年でした。

:僕の音楽は、なぜかそのころに集中している。

小田嶋:だから岡はある時期からレコードプレーヤーを失っていて、音楽から離れていた時代があったから。大学に入って、親父さんが破産して、第二天神荘に1人で移ってからしばらくは音楽再生環境を失っていたじゃないか(笑)。

:そうか。その時代はテレビもありませんでしたからね。

心象風景とか思春期とかいうよりも、物理的な制約が。

小田嶋:健康で文化的という、いわゆる憲法第25条でいうところの生活がなかったから。

:うるさいよ、おまえ(笑)。さ、次は小田嶋のルー・リードに行こうか。

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