小田嶋:うまい言葉が見つからないで3秒黙る、というのは、今のドラマでは演出的にあり得ないでしょう。それはちょっとチャンネルを変えられちゃうよって。あれは我々がリモコンを持っていなかった、という時代背景もあるのよ。チャンネルが固定式で、家族全員で見ていて変えちゃいけない、という環境設定をされると、あの間に耐えられるわけだ。

テレビ番組は、ビデオで録画できるようになってから変容した、という説はよく聞きますが、小田嶋説はそれにリモコンをプラスする、と。

:確かにリモコンの問題はでかい。

小田嶋:リモコンでザッピングするようになっちゃってから、視聴者はコマーシャルのたびに他局に逃げるようになったでしょう。

:あのガチャガチャというチャンネルは、親から「あまり動かすな」と言われていたの。

小田嶋:壊れやすかったから。実際、取れちゃったでしょう。

:1年半ぐらいで最終的には取れちゃうの。それで、こう、はめてから動かしたりとかして。

小田嶋:どこかの車のチョークと一緒だよね。

:そうそう。
(このあたり、笑うには「シーズン1」のここをお読みください)

小田嶋:クラシックの作曲法で、それこそベートーベンの交響曲「田園」なんかを当時のテンポで演奏すると、展開部がものすごく長くて、くどくて、俺らなんかは耐えられないわけです。あれはもともと、生で1回しか聴かない人たちに向けて作曲されたわけだから、同じメロディーを20回ぐらい聴かせて、聴衆に覚えてもらわないと、全体の真価が分からない。

 だけど、レコードというものができてからは、我々は何回も聴けるようになったわけじゃない? そうすると、中盤のこの長さはいったい何ごとですか? みたいに聴き方が変わってくる。

だるいって。

カラヤンの革新、リモコンの革命

小田嶋:その聴かせの部分をちょっと省略しましょう、みたいな話にしたのがカラヤンという人で、カラヤンが振っている棒というのは、レコード時代に合わせた倍のテンポだから、巻きが入って速いんですよ。それこそベートーベンがやっていた時代の、ジャ、ジャ、ジャ、ジャーンじゃなくて、ジャジャジャジャーン。それでようやく我々はスリリングに聴けるようになりました、という。

:となると、テレビは今度はリモコンを持っちゃったやつが離れないようなタイムスケールで演出していかなきゃいけなくなる。

小田嶋:うん。リモコンを人が持っちゃったもんだから、巻き戻して拍手するとか、いきなりCMに入っちゃうとか、今は手法がえげつなくなっているでしょう。

:確かに。

小田嶋:昔のテレビ番組は「これからCMです、トイレに行く間待ってます」みたいな余裕があったでしょう。今は「CMに入るよ」ということを視聴者に察知されちゃうとチャンネルを変えられちゃうから、すごいタイミングで、すばやくCMに入る。

:だから、ドラマだって昔のドラマは余裕があったよね。でも、今だって、ドラマを見ていて、ちょっと泣いちゃったりすると、あり得ない間も許せる。僕が「北の国から」の間を許せるのは、あれを見て結構泣いているから。

小田嶋:俺はTVドラマで泣いたことはないけどさ。

:僕は、がんすか泣いていましたよ。特に後半まとめてやるようになったでしょう。「北の国から’98時代」とか「北の国から2002遺言」とかさ。

ちょっとタイトルに戻って、ミュージック関係に行きましょう。「ヤング・ミュージック・ショー」。これは1971年から86年までNHKが不定期で放送していました。

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