小田嶋:だからお笑い関係なども西洋かぶれになっていくんですよ。「モンティ・パイソン」にしても、「奥さまは魔女」みたいなお笑いコメディーにしても、向こうの方がしゃれているような気がして。

 あと70年代のTVドラマでいうと、例えば石立鉄男が出ていた「パパと呼ばないで」とか。この間、再放送を見て俺は感動したんだけど。

:感動するか、あれ?

小田嶋:中身はくだらないんだよ。どうにもくだらないんだけど、70年代のころって、テーブルとか灰皿とかガラス戸とか、日本中でみんな同じものを使っていたんだよ。だからあのころのTVドラマを見ると、うちで使っていたそのままがテーブルに載っかっている。ほら、近衛兵の毛ばたきとか、あったでしょう。

そういうの、ありましたね! どの家に行っても、ピアノの上に置いてありました。

小田嶋:そうでしょう。それでピアノの椅子もまったく同じ椅子なのよ。テーブルだって、うちにあったデコラ張りか何かの安っぽいテーブルそのもので、ガラス戸にはまっている、模様が入っている系のガラスとか。

タケとかウメとかの模様が入っていました。

小田嶋:そうそう。ガラス戸の模様というのは、当時は2~3種類しかなかった。灰皿というと、UFO型のやつと、あとは何か偽クリスタルガラスみたいなやつ。電話もみんな黒電話。冷蔵庫もほぼまったく同じ形。扉の開き方といい、ウソみたいに、みんな同じなの。つまり生活にバラエティがないわけよ。

:それを思うと、今の時代が本当に信じられない思いだよ。

凄い、ながら見できない時代の作り込み

小田嶋:だいたい今、TVドラマはハードディスクレコーダーを使って録画して見るじゃない。それ以前に、うちの子供たちでも、テレビの見方なんかすごいいいかげんですからね。必ず何かしながら、耳で音声だけ聞いていて、時々「ん?」と画面を見る。食い入るように見ている姿は見たことがない。

:僕は何かをしながらテレビを見る、ということができない。

小田嶋:え。岡はマジで見ているの?

:常にマジ。1対1の真剣勝負。

小田嶋:でも、今のテレビ番組って、ドラマにしても何にしても作り込んでないでしょう。すごく雑に作ってある感じだけど。

:うん、今のは雑だよね。

小田嶋:今は作り込むと、かえって視聴者にうっとうしがられるからさ、みたいなところがあるじゃない? あと、昔と今とでは、セリフのテンポが違うよね。

:テンポは違う。田宮二郎の「白い巨塔」なんてさ、もうだるくてだるくてあり得ないですよね。

小田嶋:そうそう、とにかく遅いんだよ。田中邦衛のセリフの間とかも、「これは放送事故だろうか?」みたいな感じで。特に倉本聰のドラマにおいてはそれが顕著で、確か「北の国から」の最後のバージョンは、昔のテンポでやったんだよね。倉本聰には意地があるんだろうけど、そうしたら大不評でさ。

:でも「北の国から」はもう別物というか、あれは尋常のドラマじゃないよね。だって役者が本当にちっちゃいときから撮影して、大きいときまでやっているんだから。

小田嶋:富良野時間が流れているからしょうがないんだけど。でも、久しぶりに見ると、その富良野スピードに耐えられないわけですよ。

:何かすごく言いたいことがあって、言おうとするんだけど言葉が出てこない、みたいな時間が結構あるでしょう。それがもう必殺技になっているんだけど。

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