本記事は2013年8月8日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

小田嶋隆×岡康道のロング対談企画、日経ビジネスオンラインの「時事放談」と化しつつある当連載。今回はおふたりの「青春のテレビ番組」編です。あのショーケンと水谷豊の伝説の番組にまつわる、小田嶋さんの逸話からどうぞ。

前回は岡さんの「青春のテレビ番組」をうかがいました。今回は小田嶋さんに聞いていきます。

小田嶋:私の番組は以下です。

<小田嶋 隆の「青春のテレビ番組」>
「サンセット77」 (1960年~63年)
「傷だらけの天使」 (1974年~75年)
「笑点」 (1966年~現在)
「アリVSフォアマン@キンサシャ」 (1974年)
「空飛ぶモンティ・パイソン」 (1969年~74年)
「ヤング・ミュージック・ショー」 (1971年~86年)

小田嶋:私は「モンティ・パイソン」など洋物が好きだったんですが、最初に「傷だらけの天使」の話をぜひしたいな。

「傷だらけの天使」はマストアイテムですよね。

小田嶋:これね、浪人して代ゼミに入ったばっかりのときに、高校時代の友人のマゴメと、例のペントハウスの場所を突き止めたの。

主人公たちのアジトですね、本当ですか。

小田嶋:あれ、代々木だってことは何となく見当がついていたんだけど、代々木駅で降りて歩いていたら、もろに、「あ、このビルじゃないか」って。

見つけたんですか。

小田嶋:見つけたんです。

「アニキィ~」とやっていたあのペントハウスを

あの屋上の?

小田嶋:そう。え、この階段を上がっていけばいいの? といって、どんどんどんどん上がっていったら、あのペントハウスがまだあった。

わ。

小田嶋:あった、あった。本当、本当。撮影が終わってまだ2年ぐらいのころかな。世の中の流れから、うち捨てられたようにしてあった。鍵も開いていて、中にも入ることができた。

ええ~っ。

:なんで清野さん、そんなに盛り上がっているの。

だって、「傷だらけの天使」はもろ、私の5本に入りますから。

コラムニスト 小田嶋 隆氏
(写真:大槻純一)

小田嶋:そうそう、この俺らの年代のね、一つのアイコン。それで、あれ、単なる空きビルの屋上に、例のペントハウスが作ってあったんだよ。ほら、ドラマだと部屋から外を通る電車が見えていたじゃん。

はいはいはいはい、山の手線。


小田嶋:それこそ代々木駅から歩いてすぐの角地のビルの屋上。今でもそのビルはあるんだけど、屋上のペントハウスは、俺たちが入ったしばらく後に、なくなっちゃった。

小田嶋さんは、そんな貴重な体験をしていたんですね。

:今だったらあっという間にネットに出回って、人が押し寄せて大変だろうね。

続きを読む 2/7 やおいですみません

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