「日経ビジネス電子版」の人気連載コラムニスト、小田嶋隆さんと、高校時代の級友、故・岡康道さん、そして清野由美さんの掛け合いによる連載「人生の諸問題」。「もう一度読みたい」とのリクエストにお応えしまして、第1回から掲載いたします。初出は以下のお知らせにございます。(以下は2021年の、最初の再掲載時のお知らせです。岡さんへの追悼記事も、ぜひお読みください)

 本記事は2011年6月27日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

 人生の諸問題、青春の映画編。「グッド・シェパード」(2006年アメリカ映画)に脱線したまま、なぜか「忠誠とは」「国家と個人とは」と話題が深まって、前回からの続きです。ネタバレ、今回もたくさんあります。ご了承ください。

アメリカ人にとって、国家、民主主義と個人の間にある葛藤をどう処理するかは、ものすごく重要なテーマのようです。「グッド・シェパード」はまさしく、その狭間で翻弄されるCIA諜報員のドラマをシリアスに扱っています。(そのあたりを前回から読むにはこちら)

小田嶋:あれね、結局、アングロサクソンが好きな世界なんだと思う。国家なりチームなりがあって、個人に任務を与えてその駒にして、それで全体が成立しているという。だって、それこそアメフトと一緒でしょう、グラウンドに出ているのに、ボールを触っちゃいけないやつがいたりしてさ。

:任務としてね。

小田嶋:何人か潰れてもいいから、事態を収束させよう、と。ああいうあり方って、日本人的にはちょっとないよね。原発の爆発という非常事態でも。

功利主義は犠牲を恐れない

:実は9・11のときは、消防士たちがすごい数が亡くなっているんだけど、アメリカ人は消防士を出動させたことに対して誰も文句は言わない。それで犠牲になった消防士は、英雄として讃える。

そういう国民的なメンタリティがあるアメリカで、マイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」がブレイクしたりしているわけですが。

小田嶋:コミュニタリアリズム(共同体主義)ね。「トロッコ問題」じゃないけど、5人を救うために1人を犠牲にしてもいたしかたない、という考え方に対して「君たち、本当にそれでいいのか?」と、問いかけて人気になったわけでしょう、あの人は。

功利主義を問い直す新しい視線、ということで。

小田嶋:だからサンデルが受けるというのは、それだけ功利主義がアメリカの標準になっているということだよね。

注・「トロッコ問題」
 サンデル教授が討論の論題に使って有名になった「究極の選択」の1つ。暴走するトロッコの先に5人の作業員がいる。あなたは線路の分岐点にいて、進行方向を変えることができるが、別の方向には1人の作業員がいる。あなたは、5人を救うために1人を犠牲にすることを選ぶだろうか?

:僕、そのサンデル教授の番組って何回か見たけど、結論は絶対に言わないわけだよね。

小田嶋:そうなんだよ。

:確かに名司会者だけど、何か教授が言うことに深く共感するのは難しい、ということをまず感じたよ。サンデル教授は整理整頓まではしているんだけど、彼の言っていることに対してTVを見ているこっちが、「その選択には頭を悩ますな」と考える姿勢になったところで、「じゃあ、次の議題に移ろうか」みたいになって、えっ? という。

小田嶋:そのアメリカの功利主義の最たる集団にいる、というのが「グッド・シェパード」のマット・デイモン(=役名エドワード・ウィルソン)だよ。代々イェール大学だったり、ハーバードだったりという、そういった家柄と愛国心であるところの人々ですよ。

 彼らは「よき羊飼い」そのもので、ということは、自分たち以外の人間を羊としか思ってなかったりするようなところがちょっとある。

:俺たちが世界を引っ張る役なんだ、と。

小田嶋:イェールなりハーバードなりの人間はよき羊飼いとして、愚かな大衆を引率していく任務が与えられている、と。映画の中でエドワードが受ける大学の教育も、もろそういう前提で、それがすごいよね。我々日本人はウソかもしれないけれど、とりあえずそういうところでは、みんな人間は平等だ、と、そういうふうにしているじゃない。

:そこは違うよね。

小田嶋:だから小沢一郎ぐらいじゃない?大衆というのはばかなものなんだから、俺が何とかしてやらなきゃいけないんだ、なんていうことを、半ばまじめにやっているのはさ。

:エドワードみたいに、優秀で特権的な集団に属しているんだったら、ワシントンD.C.とかウォール街とかに行ってもよかったんだけど、あいつはついうっかりCIAに行っちゃったんだよ。

小田嶋:「ベスト&ブライテスト」の一員として。

注・「ベスト&ブライテスト
 アメリカのジャーナリスト、D・ハルバースタムが書いたノンフィクション作品。1960年代のケネディとジョンソン政権下に集結した“最優良"かつ“最優秀"な人々が、どのように不毛なベトナム戦争に突入し、泥沼化させたかを描いている。

:でも、優秀な人間がエリートの任務を負って国家のために尽くす、というのにあこがれるふうなところは僕にもあって、もっとばかな見方をすれば、「忠臣蔵」だってそうですよね。言葉にするのは難しいけれど、何か大きな立派なもののために死にたいんだよ、俺は、という思いはずっと人間の歴史にはあると思うんだよね。

忠義、忠誠といった抽象的な概念に陶酔してしまう、ということでしょうか。

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