小田嶋:だって、あんなに長い映画だとは思わなかったし、前半の30分ぐらいは、特にまったくついていけなかった。過去の回想映像と、前提である人物紹介の部分と、お父さんのエピソードと、耳の聴こえない女の子と会っている話と、って、どんどん振り回されちゃうから…。
岡:そもそも僕たちは、外国人の見分けがつかない、ということでもあるんだけど。
小田嶋:そうそう、みんな老けているんだか、若いんだかも分からないんですよ。だから時間軸が理解できない。しかもキューバにいるな、と思ったら、あれ、こいつは確かソ連のやつだったよね、なんて感じで、しばらくしてから、ああ何だよ、こいつは、あっちの部下だのに、こっちでも部下をやっているんだな、というふうになって、そのときは別なエピソードが展開しているから、とにかく画面をすごく確認しないといけなくて、片時も目を離せない。
岡:そりゃ映画だから、目は離せないですよ。
小田嶋:ああいう不親切な映画を久しぶりに観て、俺は今までずいぶん甘えた観方をしていたんだなと、反省しましたね。それこそ「渡鬼」(=「渡る世間は鬼ばかり」)なんかだと、自分の立ち位置から感情からを全部、セリフでくどくどと説明しているでしょう。そういうのがまるでないもんね。
岡:「渡鬼」は一番反対側だからさ、いくら何でも。とはいえハリウッド映画にしては珍しいですよね、あの感じは。
小田嶋:バッドエンドもそうですよ。あんな後味の悪い映画も珍しい。
岡:いや、すごいよね、終わり方としても。
注・この先、「グッド・シェパード」に関して盛大なネタバレが続きます。ご了承ください。
岡:いや、ネタバレしても、この映画は1回じゃよく分からないから(笑)。
小田嶋:誰だっけ、あいつ、主人公の役者。
岡:マット・デイモン。
好きな女性より、責任ができた女性を選ぶ主人公
小田嶋:マット・デイモンがやっているエドワード・ウィルソンって、親子代々イェール大学のエスタブリッシュメント家庭の御曹司で、エリート結社のスカル・アンド・ボーンズのメンバーで、学業優秀で、ガタイもよくて、素晴らしく才能に恵まれているんだけど、才能以外の何というか、ちゃんとした一個の人格としての完成度というものが、ちょっと欠けているんだよね。だって、あいつが本当に好きだったのは、耳の聴こえない女の子の方だったんだよ。
岡:ローラね。
小田嶋:ローラが好きなんだけど、好きだから全然、何もできない。それで、大して好きじゃないんだけど、友達の妹に強引に迫られちゃうと、何かしちゃうわけで(笑)。それで子供ができちゃうと、えーっ、と言って責任を取っちゃう。その辺のイニシアチブの取れない姿に、俺はとても共感を覚えた。
岡:本当は共感を覚えてはいけないんだろうけど。
小田嶋:そうだよ。好きでもない子だったら、断固拒否すべきじゃない? 本当に好きな子を自分のものにすべきじゃない? 友達の妹だからって、引っ掛かっている場合じゃないでしょう。それがね…。
岡:ローラとは何もできないまま、アンジェリーナ・ジョリーの方(役名マーガレット、愛称クローバー)と結婚しちゃうんだよ。
小田嶋:でも、あの映画の登場人物の中で、ちゃんとした人間、というか、あるバイタリティをもって、自分の価値観でもって生きているというのが、アンジェリーナ・ジョリーの役柄でしたよ。だいたいエドワード・ウィルソンが所属している、スカル・アンド・ボーンズとかCIAとかの集団って、優秀かもしれないけど、みんな価値観がいっちゃっているから。だから「神よりも先に任務なの?」とか、妻が夫に対してイラッとこぼす本音が唯一まともな感覚でさ。
岡:あのアンジェリーナ・ジョリーの演技というのも、すごいものがあったね。
小田嶋:あれはデ・ニーロという人の、とても厄介な演出なわけだけど、アンジェリーナ・ジョリーにあそこまですっぴんで、ばばあをやらせるのか、という。ちゃんときれいな若い娘でいるときの化粧と、歳を取った、不満だらけになったばばあになったときの顔つきが20年ぐらい違うもんね。
岡:大したものだよ。
小田嶋:ああ…こうやってクローバーも歳を取っていくのか…って。
そういうところは、ちゃんと分かったんですね。
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