「日経ビジネス電子版」の人気連載コラムニスト、小田嶋隆さんと、高校時代の級友、故・岡康道さん、そして清野由美さんの掛け合いによる連載「人生の諸問題」。「もう一度読みたい」とのリクエストにお応えしまして、第1回から掲載いたします。初出は以下のお知らせにございます。(以下は2021年の、最初の再掲載時のお知らせです。岡さんへの追悼記事も、ぜひお読みください)
本記事は2011年6月20日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
(日経ビジネス電子版編集部)
好きな映画を語り合っているうちに、男にとっての「帰属意識」というテーマが浮かび上がってきた「人生の諸問題・青春の映画編」。今回はそれを象徴するかのような、かのデ・ニーロ監督、マット・デイモンとアンジェリーナ・ジョリー出演の映画「グッド・シェパード」を題材に、それを掘り起こしてみます。
(いったいこれって何の話? という方はぜひ前回からどうぞ)
岡 グッド・シェパード(2006年米国、ロバート・デ・ニーロ監督)に描かれたCIAの人材スカウトってのはね、日本でいうと、ある日、早稲田大学教育学部に在学中の、大学生の小田嶋隆さんの許にCIAが訪れて、「あなたが選ばれました」と告げるんだよ。
小田嶋:え。
岡:知力、体力、言語能力、家族関係、友人関係、思想信条、学業成績、ともかく何から何まですべて調べはついていて、こいつは大丈夫だな、となる。それで「CIAにどうぞ」と言われるわけ。
それ、断ることもできるの?
岡:いや、断るとかどうとかじゃなくて、「どうぞ」と言われたら行くでしょう。だって国家機関から、君は優秀だ、と言われたら、応えようと思うじゃないですか。
男性編集者その1:オレ、行きます。相当誇らしげな気分で行きます。
男性編集者その2:オレもひと言でさーっと行きます。そうか、オレってそんなにか…って。
岡:100%行くよね。小田嶋だって行くでしょう。
小田嶋:行くだけは行く。

岡:たとえ3日で帰るにしても(笑)、小田嶋だって行くだけは行くよね。(小田嶋さんが新卒入社の企業を8カ月で辞めた経緯はこちら)僕は瞬時に行く。一切の就職活動を辞める。ああ、これで決まったなって。
小田嶋:まあ、断ることもできなくはないんだろうけど。…怖いよね、そこまで調べられているなんて。
岡:洗いざらい。しかも家族には明かせないんだよ。だから結婚するにしても、表面上は普通の何とか鉄鋼とかに勤務ということになっていて、ただ輸出課とかだから、異常に出張は多いですよ、と。でも本当はスパイだから、殺されるかもしれないし、殺さなきゃいけないときもあるかもしれない。じゃあ給料がいいのか、といえば、そんなことはない。そのうち奥さんが「この人、何か隠している」と勘付くようになり、メンタルをやられ、すると子供の教育にもいいはずがなく、家庭は崩壊していく。そうやって、さまざまな不幸を抱えながら一生やっていく、という運命になるんです。
誇りのためなら、見返りは不要
ということが分かっていても、断らないですか。
岡:映画の中に、「CIAに定冠詞の『the』が付かないのは、なぜだか知っているか?」と、CIAの男が語る場面があるの。「それは『God(神)』に『the』が付かないのと同じことだよ」と言って、暗い廊下を去っていくんだけど、カッコいいわけです。つまり、我々は志だけでやっている、と。あるいは幻想かもしれないけれど、世界の自由社会を支えているのは自分たちなんだ、という誇りだけで一生を過ごすという話なの。
小田嶋:究極の無私ですね。
岡:すごいよね、これ。
小田嶋:究極の無私がCIAって皮肉だよね。
注・「グッド・シェパード」
1961年、キューバ共産主義政権の転覆を目論んだピッグス湾作戦が、情報漏洩で失敗。その指揮を陰で執った有能なCIA諜報員、エドワード・ウィルソンが窮地を脱しようとする物語を軸に、“いかにして彼は有能なCIA諜報員になりしか”を、錯綜した人間関係と冷酷なエピソードの中で、複合的に描く。「グッド・シェパード」とは「よき羊飼い」の意。
小田嶋:俺、岡がこの対談用に出してきたタイトルということで、昨晩DVDで観たんだけど、ともかくとても分かりづらかった。毎日たくさん映画を観ている人は、あんな不親切な作りでも付いていけるのかな、って首をひねってしまったくらい。ほら、漫画のコマ割りが分かる人と分からない人とがいるじゃない? 長いこと漫画を読んでないのに、たまに少女漫画なんか読んだりすると、あの複雑なコマの処理が分からなくなって、付いていけなくなるんだけど、DVDを観ていて、同じ悲しみを抱きましたね。
映画を語る前に、まず筋に付いていけなかった、と。
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