:初めは、フットボールをやっていた元選手と一緒に観に行った。この映画は泣くかもしれないから、離れて座ろうな、って、がらがらの映画館で8席ぐらい離れて観た。俺はやばい、これは泣いちゃう、でも、ここで泣いたらだめだ、と歯を食いしばって、そいつの方をちらっと見たら、そいつは前の椅子に突っ伏して泣いていた。

しょうがないなあ。

:念のため言っておくけど、「ルディ」って豚の映画もあるんだよ。豚がしゃべる映画。俺が「ルディ」を推薦すると、そっちの方を観て、「お前、どこで泣いたんだ?」と不思議がる人がいるんだけど、断じてそっちじゃないからね。

注・子豚の方の映画は「ルディ/夢はレースで一等賞」(1995年・ドイツ)です。

:「ルディ」の最後は、ルディに本番でプレーさせるために、オフェンスはボールをイーティング・ザ・ボールと言って、そのままニーダウンして時間をつぶしてしまえば勝つところを、危険を冒してまで、わざわざタッチダウンを取りに行くんですよ。そうすると、ディフェンスのルディに出場機会を回すことができるから、そういうことをチーム全員でやって、ルディの12秒の出場時間を作ったわけですよ。(と、語りは尽きない)

小田嶋:(傾聴)

:ルディという選手は、本当にいたんですよ。あれ、実話をもとにしているんです。ジョー・モンタナ(=80年代の名クォーターバック/ノートルダム大学出身)がインタビューで、「あなたが一番誇りにしていることは何ですか」と聞かれたときに、「ルディと共にプレーした1年間だ」って答えたことがあるんだよ。だから俺は昔から、このルディって誰なんだろう? と思っていた。それで映画を観て、ああ、この人のことなのか、と思って。まあ、男の子はこの映画を見たら、100%泣きますよ。女の人だって泣くさ、きっと。

小田嶋:(傾聴ののち)俺は泣かないな。

逆転こそドラマの魅力

:何だよ。ずいぶんと冷ややかじゃないか。

小田嶋:俺、そういうので泣いたことないもん。

:いやいやいやいや、試しに観てみろよ、「ルディ」を。

小田嶋:だいたい岡が好きな映画ってのはね。

:いや、ここでお前に冷静に分析されたくない。自分で分析する。つまり、僕が好きな映画というのは、階級闘争的要素というか、環境が劣悪で、そこから這い上がるストーリーです。這い上がってトップにならなくてもいい。それは漫画。這い上がろうとする姿勢が泣ける。それは努力でもいいし、恋でもいいのです。

小田嶋:苦し紛れに、もっともらしい言葉が出てきたね。

:興奮するのは、そこからの逆転というところですよ。逆転というのは、最初は劣勢だったということじゃないですか。最初から先取点を取ってそのまま逃げ切った、というのは、ドラマにならない。筋書きってものがひっくり返るときに、僕たちは感情移入するのです。

小田嶋:そうだね。実は「若大将シリーズ」なんか全部それなんだけど。

:あれは響かないけどさ。

小田嶋:出来が悪いから響かないだけで、でも全部、逆転の話だよね。

:若大将は慶應の学生で、老舗のすき焼き屋の坊ちゃんでしょう。それで、青大将という悪いやつがいて、ピンチになって、大丈夫だったという話だよね。でも「リトル・ダンサー」とか「ルディ」はさ、もっと社会的に厳しい場所から這い上がっていくわけだから、負けて悲しいという話ではない。

小田嶋さんも逆転が好きですか。

小田嶋:岡は逆転の話に興奮すると言うけれど、俺がだいたいぐっとくる話というのは、崩壊家庭の話だよ。

崩壊家庭・・・まったく違う方向性で。

小田嶋:俺が挙げた「家族ゲーム」はまさしくそうだし、「ゴッドファーザー」にしたって、3話続けて1個のファミリーが完全に崩壊していく話でしょう。

:まあね。

小田嶋:「パートII」でロバート・デ・ニーロが演じていたところの若き日のヴィト・コルレオーネのお話というのは、殺伐としてはいるんだけど、ちょっと人情話なんだよ、若干。でも、コルレオーネがのし上がってから「パートIII」にいたるまではもう、極度にいろんなやつらを殺していくのだ、みたいに、やることなすことが陰惨になって。1つ既得権益というやつができると、人はどこまでも残酷になるみたいなことが、全体として描かれているじゃないか。それこそがマフィアの姿なんだろうけど。

:アル・パチーノ演じるヴィトの三男マイケルが、若いときはすごく多感な青年なのに、ファミリーを守っていくうちに、だんだん食えないおっさんになっていく姿が、すさまじいよね。

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