コラムニスト 小田嶋隆氏

小田嶋:俺が挙げた「トレインスポッティング」も、そこから出ようとする労働者階級の連中の話ですよね。監督はそう意図しているわけではないと思うけど、日本で俺なんかが観ると、すごくおしゃれに見えるの。イギリスのワーキングクラスとか、アメリカの黒人さんとか、あるいはフランスの裏窓の人たちとかって、音楽を持っていたりして、とにかく独特の文化があるじゃない? カッコいいよね。何で日本の貧しい民は、何も文化を持ってないんだろう。俺も含めて。

そんなことはないでしょう。

:例えば韓国の不良たちってさ、映画にもよく登場するし、釜山とかも絵になる舞台だよね。でも別に大阪の不良は何もならないじゃないですか。あ、でも、「どついたるねん」(1987年・阪本順治監督)なんかはいい映画だよ。

小田嶋:日本だと文化というより、暴力になるんだよ。ヤンキーから暴力団、格闘技とか、そっち系。

:「仁義なき戦い」ね。

小田嶋:そうそう。あんまり音楽的だったりしない。

あなたの会社の「仁義なき戦い」

:音楽的じゃない。あれはサラリーマン的なんだよ。自分が上に行くためにどう動くか、が行動規範になっている。

小田嶋:全員、結構、中間管理職系で、結局、すごく自己犠牲でしょう。

:ね。小田嶋閥、ヤナセ閥、ヤマナカ派、イワタ派、みたいになって。

小田嶋:そうです、だって、あれ、派閥の話だもん。それで、広能、結構ばかだよね。

:広能、最低でしょう。見掛けはカッコいいんだけどさ。

注・広能=映画で菅原文太が演じたヤクザ。山守組組長(金子信雄)と、山守組若頭(松方弘樹)の仲を取り持とうとして、双方から裏切られる。

:だけど5年に1度ぐらい全部観直すと、すごく面白いんだよね。全部忘れているから。

おいおい。

小田嶋:あの金子信雄の親分だって最低。

:だってサラリーマン社会を描いているから。電通時代に「金子信雄は誰かな?」とか、心の中でやってたもん。そうしたら、会社に金子信雄がたくさんいた(笑)。

なるほど。

:で、「リトル・ダンサー」と同じように、アメリカの貧乏な若者を描いたのが「ルディ」なんだ。

 ルディはアメリカの話なんだけど、彼も「リトル・ダンサー」の男の子と同じく、労働者階級の子供で、一家でインディアナ州のノートルダム大学フットボール部のファンなわけ。ノートルダム大学というのはフットボールでも学業でも超名門で、失読症で勉強ができないルディは学力的にも経済的にも、そんなところには進学できないんだけど、誕生日に親友からノートルダム大学のジャンパーをもらって、すごくうれしいんですよ。その親友が、ルディの父親が操業する工場の爆発事故で死んでしまって、ルディはそこから、何とかしてノートルダム大学に入ろうとする。

 正規の入学はとても覚束ないから、ノートルダム大学の附属の附属みたいな小さなカレッジの講座みたいなところから通い始めて、そこから大学に編入するというアクロバティックなことを試みて、何度も失敗して、バカにされて、やっとノートルダム大学の学生になれたときは、25歳ぐらいになっていた。しかも彼は身長が160センチと小さい。ノートルダム大学のフットボール部って、平均身長が2メーターぐらいあるんだよ。だから、もう、彼はまったく問題外なわけ。

 ルディはベンチ入りもできないまま4年になるんだけど、でも、彼のあまりの熱意と迫力に、チームメイトはだんだんルディを認めるようになる。それで彼が4年になったときに、チームの4年生が「ルディをベンチに入れてくれ」ということで、監督に直訴するわけ。花形選手たちが1人1人、監督室に行って、監督の机の上に自分たちのユニホームを1枚1枚重ねて置いていくの。そうやって物語がクライマックスに向かっていくんだけど、うう。

あの、目にゴミでも?

:ほっといてください。特にフットボールをやっているやつは、そのあたりから、泣きとおしなの。俺なんかは初めて観たとき、ずっと泣いていて、ラストがよく分からなかった。「意味が分からなかったから、もう1回観るぞ」とか言って、何回か観ないと最後まで分からない。

そんな難しい筋だったでしょうか。

:いや、難しくない。泣いてるから分からない(ぐすぐす)。

・・・・・・。

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