はい。それはすでに前々回でお2人がたくさんお話されました。じゃ、その次の「イントゥ・ザ・ワイルド」に行きましょうかね。

:ちょっと。軽く流さないでよ。僕は藤沢周平を読みすぎて、もう海坂藩の地形図も頭に描けるほどですからね。で、ああ、今、俺は海に向かう途中の森で、振り返ると山の木々が…(笑)って、これ、確かに前にも言ったね。(「人生の諸問題」シーズン1、「夢」と「離婚」と「セカンドライフ」と

小田嶋:俺だって藤沢周平はすごく好きで、短編も含めて全部読んだ。

:全部読んでるの? いつ?

小田嶋:アル中期と、回復期にかけて。(この辺りの凄絶な経緯については、シーズン1「幻聴」と「アル中」と「禁煙」と参照)

:うーん。じゃあ、地形図もだいたい描けるか。

小田嶋:うん。俺にしても藤沢周平は時代小説の中で一番好きかな。

:もう1人の巨匠、池波正太郎は、僕はまだ老後の楽しみに取っておいてあるんだけどね。

小田嶋:池波正太郎はね、あれも面白いけど、2枚ぐらい格が落ちますよ。

:お前、池波正太郎も全部、読んだの?

もうそこまで行っちゃったの?

:歳を取った後に読むものがないじゃん。

小田嶋:歳を取った後というか、あれはまさにアル中期に読んだという。もともと文庫本全巻をマツシマが持っていて、古本屋に持ち込んだら、安値どころか、かえって金を取られるようなことを言われて、アタマに来て俺の家にどんと置いていって、それをえーっと言いながら引き取って。

:マツシマが読んでいたのか。

小田嶋:池波正太郎はお江戸の風景だったり、風俗だったり、色っぽい女だったり、強い男だったりがちゃんと描いてあるんだけど、何か芝居の書割みたいな感じだな、とも思った。

お江戸小説というカテゴリーですね。

小田嶋:ストーリーは面白いんだけど、出てくる人間が剣術の達人でやたら強いぞ、という話だったりして、すごく好都合なんだよ。「俺の空」じゃん、「ゴルゴ13」じゃん、みたいで、ちょっと漫画なの。その後、俺は藤沢周平に行くんだけど、文章の精度でいうと、やっぱり藤沢周平がどうしても格上だという感がします。

:藤沢周平のは江戸には時々行くけど、基本は山形の話だから。

小田嶋:いや、土地の話ではなく、藤沢周平は、やっぱり組織の中で抑圧されている人間というのが主題になっているから。

:サラリーマンなんだよ。

小田嶋:近代人なんだよ。

:それも無名のサラリーマンなんだよ。(と、語りは尽きない)

孤独な若者の映画は、なぜか日本では作れない

という話は、前々回で存分に語っていただきましたので、次、アメリカ映画の「イントゥ・ザ・ワイルド」に行きます。

岡・小田嶋:あ。

注・「イントゥ・ザ・ワイルド」:東海岸の裕福な家庭に育った優秀な主人公は、両親の欺瞞的なあり方や、自分を取り巻く物質的な価値観から逃れるべく、大学を卒業したある日、身分証明書を破棄して、さすらいの旅に出る。実話に基づいたノンフィクションを、アカデミー賞俳優のショーン・ペンが映画化した。

小田嶋:(気を取り直して)俺は、あれは素晴らしくいい映画だと思ったんだ。それこそ単純に。

:本当に素晴らしい。

岡さんはご覧になりましたか。

:もちろん観ましたよ。

小田嶋:どこが、というんじゃないけど、男の子が大人になることの大変さというのが非常に鋭く描かれていて、とても身に迫るものがある。自分もそうだけれども、若いやつというものの、その、可哀想さが。

:結局、孤独です。孤独そのものが美しく、かけがえのないことだけど、人が長じた後に孤独になるって、物理的に難しいじゃない。結婚して子供が生まれたりしたら、それこそもう、生涯、孤独はあり得ないわけだから。「モーターサイクル・ダイアリーズ」もそうだったけど、若き主人公が孤独で漂流すると、いい映画になっちゃうんだよね。

小田嶋:そうそう。でもさ、日本映画でこのテーマでいい映画ってあまりないんだよ。

:そうだね、漂流するには国土が狭すぎるんだ。すぐ町があるから。

小田嶋:その意味で、日本では孤独ってやつをあまり貫徹できないんだよ。

:脱藩して定住地がなかった坂本龍馬の人気が高いのは孤独だったからかもしれない。20代から30代初めで死ぬまで、いろいろなところをうろうろしてさ。

でも女の人には恵まれていたんですよね。

:そうだった。女たらしではあった。

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