ここにいる一同は、最終的にみんな「亀~」を楽しみました。岡さんを除いて。

:ええーっ?

だから、小田嶋さんの「亀~」語りをもう少し聞きましょうよ。

小田嶋:(ほっ)。だって、あの映画の味は、日本人にしか出せない脱力なのね。思いっ切り褒めれば、永井荷風な感じなの。日常の身辺雑記で、人物のリアリティもないし、ストーリーも着地してないし、伏線は回収してないし、だから欠点だらけなんだけど、所々に不思議なペーソスがあったり、余韻があったり、行間があったりするんだよ。

:内容はないぞ。

小田嶋:内容はない。だから、三木なにがしという監督が、ある意図を持ってあえて脱構築をしているとか、表現にかかわる何かを拒否しているとか、そういう映画インテリ的な観方をしてはいけない、ということがよく分かる(笑)。上野樹里のリアリティのなさと、上野以外の登場人物たちの実在感のなさという、岡のいう欠点だって、俺は分かる。

 ただ、上野樹里に限らず、あの映画に出てくるやつで、何かをやっているって人は1人もいないのよ。全員、巻き込まれているだけなの。

:そうだね。

小田嶋:だからその巻き込まれているだけだということの、どうしようもなさに、見終わった後の余韻が最終的に、生じる、のかな。

のかな、って。

:登場人物と設定のリアリティのなさというのが、全体に漫画感を醸成するということは分かるけどさ、それに比べて「グラン・トリノ」って、すごくよくできているんですよ。

ここに、いきなり「グラン・トリノ」ですか。

「これが映画であるはずがない!」

:確かに関係ないんだけど(笑)。でも僕は「亀~」を観た後に、これが映画であるはずがない、と思って、すぐに「グラン・トリノ」を観たんです。それで、精神を調整し直したんですね。

小田嶋:「グラン・トリノ」は素晴らしい映画ですね。

:そうですよ。あれが映画ですよ。

小田嶋:だから「亀~」の中で主体的に行動している人間は1人もいないわけだよ。

クリエイティブディレクター 岡 康道氏

:そうだよ。

小田嶋:そこに、亀を飼っている日常というものの不思議な虚無感、ある虚しさが余韻として残るわけだよ。

:まあ、言ってみればね。

小田嶋:それは金を払って見に行くと腹が立つだろうけど。

:とんでもないよ。

小田嶋:映画本来の要素とか、キャラクターや俳優の要素とかを全部とっぱらって、残ったのはディテールと行間だけだった、という。

そのディテールと行間というのは、まさしく日本人の得意技のような。

小田嶋:そうなんです。村上春樹の小説だって、物語を引っこ抜くと、結構、ディテールと行間だけじゃないですか。で、村上春樹はすごく「行間」の豊かな作家なんですよ。もちろん「行」も豊かなんだけど。

:唯一、僕が面白いと思った場面は、上野樹里が、昔、好きだった男と再会して、「これから2人で世間を欺いていくんだ」って、男がキザなセリフを言うシーン。その男がかつらで、上野が「あなたはもう欺いている」って呟くあそこだけは面白かった。30秒ほどだけど。ちょうどCMの長さ。

「亀~」をここまで拒否する岡さんの方が、現代人としては、もはや珍しいかもしれません。

小田嶋:そうそう、「亀~」を好きだという人は結構いるのよ。

:いや、あり得ない。絶対にあり得ない。忙しかったら、みんな嫌いだと言う(怒)。

ちなみに、三木聡監督が脚本を書いて演出したテレビドラマの「時効警察」も、ここにいる一同みんながファンです♪

:(怒)じゃあ、次にいきましょうか。「たそがれ清兵衛」、いや、泣いたね、あれ。

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