濱野:そのとおりです。特に日本だと評判資本というのは「世間」が決めるわけで、突発的な祭りとか炎上があると、一発で吹っ飛んでしまう。そこで小田嶋さんとしては、コンテンツのオープンソース化の方向に可能性を感じる、ということですね。

小田嶋:グーグルでもインターネットエクスプローラーでも、あるいはもっと遡って、覚醒剤でも、初めはタダで配る、ということが鉄則ですからね。シャブの売人は、最初は気前よくタダで配って、ちゃんと中毒症をつくってから大金を取るようにしている、ということで。

インターネットと阿片との差は微妙である、という論もあります。

小田嶋:とにかく、最初はタダでばらまく期間は、どっちみち必要なんだろうね。ただ、あらゆるコンテンツをデジタルにした瞬間に、プロテクトを掛けて破って、という、いたちごっこが始まるだけなんだと思いますけど。

濱野:ここでガラパゴス問題にちょっと戻ってきてしまうのですが、結局、「オリジナル」のポジションを取れた存在というのは、なんだかんだいって強いんですよね。やっぱりオリジナル性の高い文化というのは、そんな簡単にコピーできないものだからです。

 例えば私達は「フランス文化」というものに何らかのブランド的価値を認めていますよね。「フランス文化」というものがはっきりと確立されていれば、よその国はもうフランス文化の真似しかできないわけですよ。そして、よその国がフランス文化を真似しようとして、必死になってフランス文学や映画を消費したりワインを輸入したりすれば、それだけフランスという国が儲かっていくわけです。

日本でも「クール・ジャパン」の文化を売り出そう、という機運はありますが。

濱野:そういう言葉はありますが、アニメにしても、ネットにしても、オタク文化にしても、その辺りの理論化と言うか、「俺たちがオリジナルだ」と言い張るパワーがまだ薄いと私は思っています。結局、本歌取り精神というかパクリ根性というか、何でもかんでも自分たちの国の中でグルグルと回していって、何かいびつなものを生み出すマニエリスム的なことぐらいしかやれていない。「オタク文化を輸出して、世界進出だ」と掛け声を出す人はいるにはいますが、どうも空回り気味になっている感じがします。

 しかも現状では、日本が「世界進出をしようかな」と思っているうちに、隣りの国々の方がもっとずっと先まで発展しちゃって、新しい才能もばんばん出てきていて、このままだと結局、対抗できなくなっていくんじゃないかと。

「日本に上陸したとたん世間メディアになっていく」

だったら逆に、「ガラパゴスでいいじゃない」という開き直りもアリですか。

濱野:1つの戦略的な選択肢だと思います(笑)。ただ、ガラパゴス化して開き直るだけじゃなくて、それをオリジナルなものとしてパッケージングして、他の国に発信していく必要があるんだと思います。

 今回、小田嶋さんとこうして対談をさせていただきましたが、第1回で私は、今日本のネット上に起こっている現象を、単純な日米比較論で解き明かしたくない、というようなことを申し上げたと思います。それはなぜかというと、要するに、ただ「日本って変なんだな、それでいいじゃん」という開き直りにしか繋がらない側面もあるからなんです。

はい。しかし、お聞きしていると、すべてが見事に、「世間VS社会」という、非常に分かりやすい日米比較論に書き換えられるんじゃないか、ということが分かりました。

濱野:実はそうなんです。だからこそ、社会科学の研究ではタブー視されるわけです。あまりにも何でもかんでも説明できてしまうので。

小田嶋:個人主義というよりは、「自分主義」の国からやってくるいろいろなITテクノロジーが、日本に上陸した途端、世間メディアになっていくというのは、これは避けられないことだ、と俺は思いますね。

濱野:全くそのとおりですね。それは別に今に始まったことではなくて、遥か昔から日本という国は、よその国から入ってくるものを、常に「作り替える」ことばかりやってきたわけですよね。だから今の日本でも、独特のウェブの生態系が生まれて、混沌とした状態になる。その意味では、フェイスブックに限らず、今後日本でSNS的なものがどう変容していくのかは、非常に興味深いところだと思うんです。

それは単に、フェイスブックのような実名志向のサービスが日本に上陸して、みんなが実名で表現するようになって、日本社会も個人主義的になる、という話ではないですよね。

濱野:そうはならないはずです。ただ、それは決して「日本では個人主義は永遠に根付かない」という話でもないんですね。もし日本社会もそういう方向にシフトしていくのだとすれば、フェイスブックをそのまま受け入れるというわけではなく、むしろそれとは少し違う仕組みの上で、日本的な「世間」のあり方とうまくマージしながら、個人主義的なコミュニケーションの作法が徐々に発展していくのだろう、と。そういう地道な「作り替え」の作業をどれだけやっていけるのか、が、これからの日本のウェブを考える上ではすごく大事になるはずだと思っています。

(小田嶋さんと濱野さんの対談は、今回で終わりです。6回の連載をお読みいただき、ありがとうございます。ぜひ、ご感想などお寄せください。「人生の諸問題」シリーズは、まだまだ、続きますのでどうぞご期待ください)

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「人生の諸問題」は4冊の単行本になっています。刊行順に『人生2割がちょうどいい』『ガラパゴスでいいじゃない』『いつだって僕たちは途上にいる』(以上講談社刊)『人生の諸問題 五十路越え』(弊社刊)

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