小田嶋:俺はない。(きっぱり)

岡さんの中には、ちょっとあるような気もしないでもないですが。

:うーん、小田嶋よりはありそうだけど。

比較する対象がちょっと・・・。

小田嶋:岡は殉じないですよ。(きっぱり)

:殉じないかね。

うん、確かに最終的にはしないですね、はい。(きっぱり)

小田嶋:だって、この対談の一番最初のころに俺が話したエピソードがあったじゃない?(うわっ、なつかしのシーズン1、「体育祭」と「自己破産」と「男の子」とをどうぞ!)

出ました、“2走”のエピソードですね。

小田嶋:クラス対抗リレーという、イヤな忠誠心とかが問われる場面で、「俺は2走ならやる」と岡が条件を出したとき、こいつのプラグマティズムは本物だなって、俺は思ったね(笑)。

:ははは。まあ、殉ずるほど組織に愛されなかったとも言えるでしょう。だって武士や軍人は相思相愛だから殉じるんですよ。そこまで僕は愛されなかったですからね。

今、思想界では、日本の戦後というのは、敗戦を機に新しく出来上がったものではなくて、結局、戦前の翼賛体制がずっと続いているに過ぎない、という説がトレンドになっていますが、さらに遡ると江戸の武家社会体制が、その前にあるのではないか、と。

小田嶋:それはその通りですよ。日本が明治時代にアジアの小国でありながら、列強ライクな動きができたのは、それ以前の封建制がすごくかっちりしていたからだ、という話ですよね。

:あと、江戸時代の日本は、教育システムもよくできていたという話もある。寺子屋での読み書きそろばんがあって、全国、津々浦々にいたるまで知的レベルが高かったと。

小田嶋:それと、江戸以前の鎌倉時代の武士の発祥というと、もろ軍隊だったわけだけど、江戸時代で300年間、戦(いくさ)がなくなったわけだから、戦士としてのアイデンティティは形骸化していって、完全にお役人になっていたんじゃないですか。でもって、武士というのが世襲官僚化したんじゃないの。

:何も生産しないでね。

小田嶋:やっていたのは、基本的には行政ですよね。

いわゆるホワイトカラーですね。

官僚的な人間とは、武士のなれの果てである

小田嶋:そう、そこに、20世紀のホワイトカラーにいたる源流があるような気がする。

:それと、あと、みんな社宅に住んでいたよね、『たそがれ清兵衛』にしてもそうだったでしょう。それで持ち主は城主だから、役職を取り上げられると、家を出なきゃいけなかったでしょう。

小田嶋:社宅ってさ、それも武家由来なのかもしれないね。今でも銀行だとか、お役所だとか、社宅を持っているタイプの企業って、すごく武家的だよね。

:しかも武士は転勤もありじゃないですか。江戸に5年とか7年とか勤務を命じられる下級武士もいる。

小田嶋:参勤交代で殿様と一緒に。

:参勤交代についていくのは上級武士だけど、その上級武士にしたって、土地も家も自分のものじゃない。

小田嶋:経済は米本位制だから、蓄財もできないし。

:だから基本的には貧しいよね。しかも家、土地も所有できないわけだから。

小田嶋:完全に社畜の姿ですよ。

ということで、サラリーマンのシステムは戦後の産物ではなく、すでに300年の歴史があった、と。私たちは江戸からの400年の歴史を今に生きている、と。

小田嶋:ということです。

しかし、今現在、インターネットを初めとするITが非常に発達した結果、企業社会に一番いらないのがホワイトカラーという事態が湧き起こっています。

小田嶋:システムが成熟すると、必要なのはCEO(最高経営責任者)とCOO(最高執行責任者)とCFO(最高財務責任者)だけだという。あとは直接現場を持って経営に参加する執行役員と、下働きのヒラぐらいで、昔、会社にいた膨大な数の部長とか課長とかはいらなくなる。

:いらないよね。

小田嶋:昔ながらの重役さんとか、部長さんとか、宴会部長みたいな人とか、部下のない部長とか、部下のない課長とか、ある種、日本の企業文化を支えていた人たちが、全員、いらなくなる。

:それ、合理的だけどね。でも寂しくもある。

寂しいですけれども、9割方の会議は無駄である、というデータもすでに出ているそうです。

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