マスメディアではなく、仲間内のメディアですか。

:いまや。

何年前かまでは違いましたか。

:数年前まではあり得なかったですよ、全国紙の朝刊を仲間内の連絡に使うなんてことは。全国紙での30段見開き広告というのは、大きな企業が日本中に打って出るぞ、というときに、一大決心して打つものだったから。でも今は、僕たちのような4人の中小企業が朝日の30段を使って、それも主に誰に向かって発信しているかというと、昔の会社の仲間たちに向けて伝えているわけですよ。

ということは、新聞がツィッター化しているのでしょうか。

小田嶋:汐留に看板広告を打つのと同じようなイメージだよね。

:もう同じですよ。だって朝日新聞に出した広告は、TUGBOATを知らない人が見たって、何が何だか分からないでしょう。でも分かる人には全部分かるようになっていた。すごく閉じられた人たちに向けた、パーソナルな告知ですよね。

小田嶋:テレビ広告も今は安くなっているだろう。

:テレビ広告だって安いですよ。だって売れないんだもん。

コラムニスト 小田嶋隆氏

小田嶋:既存の新聞を守ろうとか、既存の何とかをどうこうしよう、ということは、誰かが何をしてどうなることでもないから、事態を見守るほかにないと思うんだけど、一番の問題はグーグルなり、ヤフーなりといった、巨大なビッグブラザーができつつある状況をどうするのか、ということだと思いますよ。今までだって、巨大テレビ局とか、巨大メディアとかの情報利権みたいなものは明らかにあったんだけど、少なくともそれらは競合していた。でも今度は全部、グーグルが吸い取るんだと、となっていくと、これは大変なことですよね。

:しかもグーグルのビジネスモデルというのは、実は旧来のテレビモデルでしょう。だってグーグルは広告で食っている会社ですからね。

小田嶋:ジョージ・オーウェルの『1984』の、もろなパロディだよね、それも全然、笑えないという。

登場、「キャッチセールスしてくれる広告」

:あと広告屋的な視点から言えば、ウェブというのは店頭なんですよね。

 それまでの広告というのは、テレビにしても、グラフィックにしても、いかにして店に人をおびき寄せるか、ということが目的だった。広告というものには、広告を打って物を買うまでの時間的な、あるいは距離的な隔たりというのが前提としてあり、だからこそ、そこに強い印象を残さなければ、人がお店に行ったときに覚えてないぞ、みたいな話があったんだけど、今は「検索」という窓を広告に出せば、即、店につながるぞ、というふうになってしまった。

小田嶋:結局、広告って動画であれ、テレビであれ、折り込みであれ、新聞であれ、どれもが基本的には「看板」だったわけだよ。ともかく目立つ看板を出して人を引き寄せよう、という話だったでしょう。それがウェブ時代の広告になると、実は個人情報を広告主が吸い取るような仕組みが基本になって、売る側の売りたい情報だけじゃなくて、買う側の情報を彼らが買い取っている、みたいなことで取引されちゃう。俺が何かを検索したぞ、ということがグーグルに分かって、それで「お前、これ、買わないか」みたいなメールが来る。そういう事態を“民主化”だと孫(正義)さんは言っているんだけど、とんでもない。俺はキャッチセールス広告と呼んでいる。

「キャッチセールス広告」は、小田嶋さんが発明した用語なんですよね。

小田嶋:メールに、熟女が何とかって、広告が来るじゃない。お前、俺の年齢を知っていて、だからこういうものを寄越すのか、というぐらい、非常に不愉快なのがたくさん来るでしょう。

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