本記事は2010年9月27日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

前回から読む)

:インターネットの普及によって、ほとんどの人は、豊かになったのではなく、むしろ奪われたんじゃないか、と僕は思うんですね。新聞が危ないとか、本も危ないとか、あるいは書店が危ないとか、取り次ぎも危機だとか、いろいろ大変じゃないか。それらは少し前まで、僕たちの日常に深く組み入れられていたのに。

小田嶋:確かに業界的にもそうだけど、個人で言うと、俺たちだって全員が、携帯代とか、プロバイダー料金だとかいうことで、薄ーく、万遍なく取られているよね、情報税みたいな形で。

クリエイティブディレクター 岡 康道氏(写真:大槻純一、以下同)

:そう、実際に今だって取られているわけでしょう。グーテンベルクは与えたけれども、インターネットは奪ったと考えてもおかしくないんじゃないか。

小田嶋:インターネットがどういう意味を持つのかって、大きくは、これからしばらくたたないと分からないと思うんだけど、でも、とにかく壁が取れたことだけは確かで、その壁が取れたことによって、儲けた人もいるし、失敗した人もいるし、なくなっていく産業もある。いいことばっかりじゃなくて、おそらく庶民にとっては悪いことの方が多いような気は、俺にしたって、しないでもない。

「タダ」のようで「なんでも商い」になった

:無料である、ということを最初の前提にしたことが、すべての間違いのもとだったんじゃないだろうか。

小田嶋:俺はそうは思っていなくて、むしろ、ブログにしても、ツィッターにしても、お互いがお互いにとって商売になっちゃったみたいなところで、どんどんおかしくなっていったと思う。

:そうか、逆にね。

小田嶋:適切な例かどうか分からないけど、男湯と女湯の間の壁をぶっ壊しました、と。そうするとただで見られてラッキー、というのがあるかもしれないけれども。

:これは革命じゃないか、と(笑)。

小田嶋:でも、女性の裸が丸見えになってすごく安くなっちゃったね、ありがたみがなくなっちゃったね、みたいなことが必然的に起こると、じゃあ、壁を取ったことで、いったい誰が得をしたんだろう? という話になるよね。だいたいセックス観みたいなものは、隠しているからこそ成立する、ということが我々の中にはあるから。

岡さんは今年3月に、TUGBOAT(=岡康道が代表を務めるクリエイティブ・エージェンシー)10周年の作品集の広告を、朝日新聞の朝刊に見開き30段で出しましたが、そのときに新聞広告の反響、効用は実感されましたか。

全面広告・朝日新聞・しかも見開き

:実感しましたよ。直接、電話をかけてきて「よくやった」と言ってくれた人もいたし、わざわざ僕を呼び出して、「あんなのは自己満足じゃないか」と言ってきた人もいたし。

それで、新聞はやっぱり消滅しない、と思ったりはしませんでしたか。

:僕があのときに一番感じたのは、新聞ってすごく広告費が安くなった、ということですよ。

だから出せた、ということでもあった、と。

:だから出せた。だったら新聞広告って、仲間内のメディアとして使えるな、とあのときは思ったわけ。

続きを読む 2/4 登場、「キャッチセールスしてくれる広告」

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