小田嶋:それで、もう1つの「最後の忠臣蔵」。死んじゃうのが務めだった四十七士の中に、生き残って四十七士の遺族を援助する役目と、大石内蔵助の隠し子を育てる2つの例外規定があったでしょう。それが16年後に出会うという設定が面白かったけど、最後に隠し子を育てた役所広司が、腹を切っちゃうのはいけないと思ったね。

:だけどあれは武士の筋というんですかね。僕はそういうことは分かる。

小田嶋:「たそがれ清兵衛」から始まる、最近の日本映画の武家物のいろいろなものの主題の基本ってあるじゃない? 理不尽な武士のミッション中での、一個人としての心の動きと、武士という非人格的な役割の間での葛藤。この映画も、1人の人間として感情もあり、ひそかに恋もしているのかもしれないけど、武士の一分というか何か、今、筋と言ってたっけ?

:筋だよ。俺が直前に言ったことをもう忘れるなよ。

小田嶋:ああ。その「筋」に殉じなければいけない、というところの事情が描かれているんだけど、最後に死んじゃうと、そこが美化されちゃうみたいで気持ち悪いんだよ。

:役所広司に与えられたミッションというのは、意外なものじゃない? 主君の隠し子を無事に育てろ、というのは、つまり武士に対して「母親になれ」と言っているわけですよね。武士として志を同じくする仲間たちと腹を切れ、というミッションじゃない。そこのところが、この「最後の忠臣蔵」の最大のテーマなわけだ。役所さんはそのミッションを、隠し子の可音を嫁に出したところで終えた。だから腹を切ったのは、そうか、筋を通したんじゃないんだよ。そうではなくて、何だろう・・・?

小田嶋:虚脱かね。

:そうそう、虚脱。そこで虚脱しちゃって最後は仲間のところへ行きたかったんでしょう。彼は腹を切ることによって、ようやく忠臣蔵のメンバーになれた、と。

注・役所広司が演じる「瀬尾孫左衛門」は、内蔵助の隠し子を育てるという使命を帯びて生き残ったが、仲間には命を惜しんだ裏切り者と目される。また、佐藤浩市が演じる「寺坂吉右衛門」も、遺族のケアを命じられたがゆえに、仲間からは死に損ないと見下される。ああ・・・。

武士を「社畜」と読む時代

小田嶋:でも、その武士のお家大事だったり、主君絶対だったりって、今の若いやつが見ると、ばかじゃないの、という感じでしょう。

:いや、そうかもしれないけどね。その意味で言うと、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」とかも、どこがいいんですか? になってしまうだろう。

小田嶋:その辺りの価値観はもう、若い世代には共有されてないと俺は思う。きっと次の版の「広辞苑」では、「武士」の訳語は「社畜」となることでしょう。

武士=社畜。すごい新説が。

小田嶋:だって社畜だもん、あいつら。俺はもう、昔から武士、大嫌いだから。

そういうことなんですね。

:言っておくけど、僕は小田嶋ほど武士を嫌ってないからね(笑)。

小田嶋:俺は町人ですから、あの辺には全然感情移入できない。でも、武家物の中で唯一好きなのがあって、それは岡と一緒で、あの・・・

:藤沢周平ね。すべて悲しいよ。だったら、お前も暗いじゃないか。

小田嶋:だって藤沢周平が描いている武士は、武士でも近代人だからさ。武士というくだらないシステムの中に俺はいる、ということを自覚して葛藤する近代的自我の持ち主なわけですよ。

それはサラリーマン社会でいうと誰になるんですか。

小田嶋:誰になるのかというと・・・

:多くのサラリーマンがそうなんじゃないの。

東京電力の辺りとか?

:そうそう、それも新聞に名前が出ない人たち。

小田嶋:上層部にやりきれなさを感じながら、黙々と現場作業に励んでいるところの人たちですよ。

:だから無名のすべてのサラリーマンですよね。藤沢周平の人気の理由がよく分かる。

(まだまだ、続きます)

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