:そうだね。だから、あそこで妻夫木君が人間らしい心を見せたがゆえに、めちゃめちゃに踏みにじられたという、そこから物語が始まるわけだ。

小田嶋:そういうことだろうけど。

:あと、妻夫木君のおばあちゃん役の樹木希林さんね。それから被害者の満島さんのお父さんをやった柄本明さん。この2人は、あまりにもハマり役すぎて、感情移入が逆にできない。だってこれ、樹木希林じゃん、とか、柄本明じゃん、とか思っちゃうんだよ。

あんまりうまいから、何をやってもデ・ニーロに見えちゃうという「デ・ニーロ問題」ですね。

:そんな問題があるなんて知りませんでしたけど、でも、要するに、そうなんだよ。

小田嶋:あの手の日本アカデミー賞の問題点なのかもしれないけどさ、暗くないと賞を取れないのかな、という感じがしてしょうがないのよ。それこそ「砂の器」だったり、「マークスの山」だったり、見た後、嫌な気持ちになる映画というのが、ずっといい映画だったりした事情が日本の映画界にはあるじゃない。

:それとむごたらしいのとね。

小田嶋:「バトル・ロワイアル」からの悪影響なのかな。

:その意味では北野武もいけないよね。

小田嶋:武もいけない。日本映画の血の描写って、ひどいけど、それがひどくなっていったのは「その男、凶暴につき」以降かもしれない。

:ひどいよ。

小田嶋:「告白」にしても、あんなにひどい殺し方をわざわざ見せる必要はあるんだろうか。これこれこうやって死んでしまったんですよ、という土曜ワイド劇場的な処理でいいと思うんだけどさ。

テレビへの「どうだ」で過激化する映画

:「告白」よりもっとひどかったのは「冷たい熱帯魚」(2010年日本映画、園子温監督)だよ。あれはもう見るに堪えない。ほとんど血なのよ。気持ち悪いったらありゃしない。

小田嶋:だから日本映画はどっちかというとハリウッドよりひどいよね。何か私は日本映画のスプラッター化を憂うという。

:今はいろいろCGとか合成画面とか、技術が発達しちゃったから、昔みたいに、まあ、いいか、このぐらいで、というわけにはいかなくなっちゃったんだよ。

小田嶋:もう1つ、俺がちょこっと思うのは、テレビは規制だらけだから、こういう表現はできないでしょう、と、映画制作者の中にテレビへの対抗意識があるんじゃないかな、って思った。例えばひどい言葉を口にするにしても、血をいっぱい流すにしても、映画だとここまでできるんだよ、ということを誇示している感じがするんだよ。だって「悪人」の中に、樹木希林がテレビのリポーターにしつこく追いかけられるシーンがあって、あそこがくどかったでしょう。

:うん。

小田嶋:あれ、テレビのやつらって本当にひどいよね、という描写なんだと思うけど、俺、あんなにひどくないと思うんだよ(笑)。あれは映画制作者のテレビに対する敵意みたいなものが含まれている気がする。

:ははは。

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