:例えば70年代ぐらいまでは、文学にせよ、哲学にせよ、あるいは芸術にせよ、歴史があったじゃないですか。そこには歴史意識があって、理論の発展があって、その理論を克服した新しい理論があって、それをどんどん学んできて、一番最先端は今これだ、とやってきた。

市川:たぶん80年代はじめの「ニューアカデミズム」あたりまでそうでしたよね。

:文学も芸術も全部そんなふうだったし、もしかしたらロックでさえ、そうだったかも。最先端の理論の1カ所でも批判すれば、俺はさらにその前に出られるんだ、みたいな感じがありましたよね。

市川:ぼくらが学生のころまで、そうだった気がします。

:それで結局みんな、行くところまで行って、止まっちゃったじゃないですか。それ以上、一歩も前に進めなくなって、本当に重箱の隅をつつくような感じになっちゃったでしょう。美術でいえばコンセプチュアルアートで止まっちゃったし、ロックだったらプログレッシブロックで止まっちゃった。

市川:小説も、フランスで言えば60年代の「ヌーヴォー・ロマン」が70年代に入ってきたあたりで「極北だ」と言われていました。

:それを何とか乗り越えようとしても、頭でっかちなだけで、何も進められないというのが、僕の世代ですよ。考えることだけだったら、口先だけだったら、歴史上最先端を行っていて、「ひょっとして俺って世界最高峰?」なんて言えちゃうけど、じゃあ現実はどうかと言えば、何もできない。街の呼び込みの言葉並みの力さえ持ってないじゃん、僕たちは、という感じを僕はひしひしと持っていましたね。

:それ、何年ぐらいのこと?

:それは70年代の後半で、明確に言葉というよりは、もっと感覚的なものとして持っていたんだけど。それで僕は、そんなふうに考えるのをやめたんです。考えて先に行ける人もいるだろうけど、僕にはそういう才能はないんだ、と思って。

:これは自分の行き止まりだな、って。

:うん。自分のというか、世界全体がそこで行き止まっていると感じたよね。

高校生にして、世界は行きどまっていた

市川:それって、気づくのが早いですよね。

:早いよ。だってお前、それ、高校生じゃないか。

:そのころは、みんな同じように感じてたんじゃないかなあ。口に出して言わなかったとしても。

市川:そういえば、以前の岡さん、敦さんたちの鼎談の中に、「ニューアカの旗手」だった浅田彰さんの名前が一瞬出ていましたよね(シーズン2・09年2月6日参照)。

:80年代ね。

:『構造と力』は1983年でしたね。まだ形になっていない「時代の意識」に形を与えるというか。優秀な人がそういうことすると、その他大勢がみんな「そうそう、俺もそれを言いたかった」と言い出す。みんなにそう思わせる人が優秀な人なんですよね。『構造と力』で注目されたときの浅田彰さんは、まさにそういう感じだった。

市川:浅田さんを読んだのは『構造と力』が最初ですか?

:いえ、確か『思想』に載った『アルチュセール派イデオロギー論の再検討』という、バリバールについての…。

:おいおい、全然分からなくなってきたよ(笑)。

大丈夫です、敦さんと市川先生以外はみんな、こっち側ですから。

同席者:(みんな、うなずく)

ただ、話をちょっと『強く生きるために読む古典』に戻しませんか?

同席者:(みんな、うなずく)

続きます

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「人生の諸問題」は4冊の単行本になっています。刊行順に『人生2割がちょうどいい』『ガラパゴスでいいじゃない』『いつだって僕たちは途上にいる』(以上講談社刊)『人生の諸問題 五十路越え』(弊社刊)

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