本記事は2014年6月24日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

 「日経ビジネスオンライン」きってのご長寿連載「人生の諸問題」。クリエイティブディレターの岡康道さんと、コラムニストの小田嶋隆さんという、高校時代の同級生による対談は、「WEB時代のコミュニケーション作法」という当初の真面目なテーマからズレまくったまま、おバカなコンテンツとして定着。しかし、そこからオダジマくんは当サイトの看板コラムニストに成り上がり、オカくんは本業のCM制作だけでなく、小説家デビューも果たしてしまいました。

 連載7年目の「シーズン5」は、インドアからアウトドアへ、ちょっと模様替えしてお送りします。さあ諸君、「書を捨てよ、町へ出よう!」

街を歩きながらの「放浪編」。初回はおふたりが高校時代を過ごした東京・文京区の小石川です。たまり場だった喫茶店で一同待ち合わせ、という高校生っぽいスタートです。

小田嶋:岡のご指定の割には、本人が遅れているね。

(コーラ、レモンスカッシュなど、青春らしい飲み物をオーダーしながら待つ)

あ、岡さんから電話が。場所が分からない? いや、今、ドアの前に岡さんが立っているのが見えますよ。

:え。ここがそうなの? (と、自分が指定した店に、だいぶ遅れて登場)

小田嶋:遅かったじゃない?

:いや、ちゃんと待ち合わせの時間に着いていたんだよ。でも店が分からなくなって、おかしいなあ、と、何度もここの前を通り過ぎたり、引き返したりしていたんだよ。

でも、小田嶋さんは、すっと入っていらっしゃいましたよ。

:僕たちが通っていたのは、かれこれ40年近く前になるわけでしょう。全然分からなかった。

小田嶋:マスターがおやじさんから息子さんに代替わりしていて、ちょっと雰囲気が違っていました。

:そうなんだよ。だから店構えに感情移入できないというか、それで、目に入ってこなかった、というか。

小田嶋:今は1階だけの営業だけど、昔、俺たちが通っていたころは、2階がたまり場だったからね。

:今は2階は使えないの? おやじさんに会いたかったな。

ルート17の女王

小田嶋:俺はクレオパトラに会いたかった。

クレオパトラ?

小田嶋:覚えてないか?

:何だっけ?

小田嶋:我々がクレオパトラと呼んでいたウエートレスさん。鼻がつんと高くて、目の上下に強いアイラインが入っている1970年代っぽい……。

山口小夜子みたいな感じですか。

小田嶋:そうそう、山口小夜子っぽい、ていうか、山口小夜子そのものだった人。エジプトのクレオパトラの似顔絵みたいな感じで、無表情で表れてオーダーを取ってくれるんだけど、我々が7~8人で行って、アイスミルクティーとか、アイスティーガムなしとか、全員が勝手に違う注文をするんだよ。それらを1回聞いただけで、メモも取らずに、過たずに全部をそれぞれの前に置いていたから、この人は天才だ、と。

:今、お会いしたら60代の中盤くらいでしょう。でもさ、あの人は、高校生が授業を抜け出して、たばこ吸っているのを見て、不愉快に思っていたと思うよ。ふざけんな、早く家に帰って勉強しろ、ぐらいの気持ちだよね。

(と、早速たばこを取り出して一服しようとする岡さん)

あ、こちらは今、全面禁煙だそうです。

:え。たばこ吸えないの?

はい。

:高校生の時は吸えたのに。

大人になったら、吸っちゃだめなんです。

:何という不条理な世界だろうか。だったらアイスコーヒーを飲んで、次に行きましょうか。

小田嶋:俺もコーラを片付けるよ。(ずずっ)

クリエイティブディレクター 岡 康道氏(左)、コラムニスト 小田嶋隆氏
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