:大枚をはたいた広告が当たらなくても、それを作った人たちは責任を問われない。だからどうしたって、クライアントはその中で、温かい関係なんて言われても、感じようがないよね。

吉田:広告制作者は責任を問われない。でも、問われない代わりに、明らかに広告が作用して、商品がバーンと売れたときでも、フィーをどかーんといただきますよ、ということにはならない。つまり、リターンもないよね。

クリエイティブディレクター 岡 康道氏

:アメリカなんかは、それをやっていますけどね。クライアントとエージェンシーと、それぞれにリスクを負いましょう、ということで、その場合も、案件によって条件を自由に作れるようになっている。そういう新しいビジネスモデルが日本でも生まれれば、少しはよかったのかもしれない。

吉田:アメリカ式だと、双方がより真剣になるよね。

:互いが互いに「あなただけの問題じゃないんだから」ということになるじゃないですか。でも、日本の広告の現状は、言ってみれば、「広告をしたいなら、いくらいくらをいただきます。で、売れなくても何も責任も負いません」ということだから、説得力が弱いよね。

吉田:そもそも広告というものは、物を売る努力をそれほどしないでいい時期に誕生したものなんだよ。19世紀末に産業革命が起こって、職人さんが一つひとつ作っていたものが、一度に大量に生産できるようになった。たとえば鋳物が毎日1000個できるようになると、1個の値段は安くなりますよね。でも、値段が下がったら、今度はそれを大量に売らねばならない。

 そのときに登場したのが広告だったわけです。工場で作る安価なもの、しかも在庫がたまるものを、新聞を使って情報をみんなに提供することで広く流通させて、経済が回るようにしましょう、ということが広告の始まりだった。そういうニーズが100年続いた中で、広告を必要とする側も、広告を作る側も、ともに仲良く歩んでこれた。

:でも、今はもう違う時代に入ってしまっている。

時代は「産業革命以前」に戻った!?

吉田:かつては、それこそ馬車に乗れる人も限られていたのに、それが自動車の普及で、一家に1台、あるいは一人に1台が当たり前のようになり、社会に物が行き渡った。すると今度は自動車にしても、オーダーメイド生産のようなものが、逆にすごく求められるようになる。

:時代がぐるっと一回りして、産業革命以前に戻ったみたいになっているんだ。

吉田:世の中の全員に同じ欲望を起こさせて、消費を惹起するという、以前のやり方が通用しなくなってきているよね。

:そう、僕たちは大量生産、大量消費の次の時代にきちゃったんだよ。となると、広告も大量生産、大量消費の次のモデルに向かって変化していかないといけないんだけど。

吉田:そこが、なかなか難しいんだよね。

:僕にしても、変化の場所がちょっと分からないよ、ということはあります。これは広告の危機というよりも、大量生産の製造業、マスメディア、それを使う広告の3者に共通の危機だと思いますよ。

では、オーダーメイド広告というものが、今後は注目されていくのでしょうか。

吉田:うーん。どうかな。

:それ、広告なのかな。という疑問は残る。

その中で、岡さんが注目しているメディアはありますか。

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