本記事は2014年1月28日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

 2007年の9月に「ウェブ時代のコミュニケーション作法」を当代のクリエイターにして同級生同士、岡康道と小田嶋隆が語り尽くす…予定でスタートした「人生の諸問題」ですが、当初からおじさんの中二病問題を語り合う方向に脱線、そして回を重ねたこの6年の間になぜか単行本3冊が刊行され、小田嶋隆は本サイトの看板コラムニストにしてラジオ、テレビニュースキャスターまで務めることとなりました。世の中、ちょっとおかしいです。

 今更ですがこの辺でまっとうな方向にこの連載も引き戻すべく、今回は真正面から、ウェブ時代の「ブランド」論を、岡さんと広告業界の盟友、吉田望さんとで語り合って頂こうと思います。

:僕が電通を辞めて独立したのは1999年なのですが、その後に『ブランド』(2003年)、『ブランドII』(2004年)という本を吉田と出したんです。今から約10年前ですね。

吉田:僕も岡と同時期に電通を辞めたんです。岡に勧められて、というか、だまされて(笑)。

:いきなり人聞きが悪いじゃないか。

吉田:いや、そのおかげで広告コンサルタントとして独立できたんだけどね。あのときは、僕が岡と一緒に本を出せば、岡の知名度で僕にも少しは仕事が来るかもしれない、という友情の気持ちで本を企画してくれたんじゃないかと思っていた。

:そんなんじゃないよ。当時、世の中では単純に「ブランド論」が流行っていた。広告業界でも、みんながそれぞれに「ブランド」という言葉を使っていたんだけど、その定義はあいまいだった。だから、「ブランドって、本当はこういうものだよね」という話を吉田と一度しておきたかった。ただ、吉田の言うことって、いつも鋭くて面白いんだけど、面白すぎてまとまりがないところがあった。だから2人の対談形式がいいかな、と考えたんだよ。

 でも、あれから10年がたって、今はブランドって、かつてほどには言わなくなったよね。

この対談は、あなたのためにやりました

吉田 望(よしだ・のぞむ)
1956年東京都生まれ。東京大学工学部卒業。慶応義塾大学大学院経営学修士。1980年、電通に入社。電通総研研究部長、電通ドットコム取締役などを経て2000年に退社。ブランド・コンサルタント「nozomu.net」を設立。ウェブ制作会社「concent」取締役。アカウントプランニングの専門会社「takibi」取締役。「transcosmos」社外取締役。朝日ネット監査役。著書に『ブランド』『ブランドII』『会社は誰のものか』など。(写真:大槻純一、以下同)

吉田:まあ、僕らが出したあの本が、あまりに訳が分からないので、当時のブランドブームにとどめを刺したみたいな形になって、これ以上論じてもしょうがない、という雰囲気になったのかもしれない。

:ブランドという言葉が、空気のように定着したのかもしれないけれど、当時と較べると、今はメディアの環境がまったく違ってきた。その中で、ブランドが意味するところが変化したのか、あるいは変化してないのか、もう1回、吉田と話しておくべきだな、と思ったんです。実際、読者の方からそういう要望もいただいたしね。

吉田:読者の方って?

以前に単行本第3弾『いつだって僕たちは途上にいる』刊行記念のトークイベントを蔦谷書店代官山で催しました。そのときに、オーディエンスの方から「『ブランド』の続きはないんですか」というご質問が、岡さんにあったんです。

吉田:っていうことは、1人から?

はい。1人からリクエストが。

吉田:たった1人?

はい。あの日、蔦谷書店代官山にいらした「あなた」。読んでくださっていますか?「あなた」のために、対談を実現しました――これはまさしく、今の時代のカスタムメイドなコンテンツ展開ではないでしょうか。

吉田:それ、本当に求められているんだろうか?

続きを読む 2/6 ネットは「ちょっと変わった人のもの」だと思っていた

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