小田嶋:沢木耕太郎は“こっち側”に近いと思うんだけど。何か「文芸」というものの匂いがしているんだよ。

:チャンドラーと似てるけどね。沢木耕太郎は読んでいて結構気持ちいいんですよ。やっぱり気持ちのいい方が文学としてはいいんじゃないか。

小田嶋:ただ、チャンドラーがあって、沢木耕太郎があって、柴田翔があって、と語る流れは、どうしても「気取っているんじゃねえ」という1つのくくりになってしまいがちだよね。

:柴田翔は、昔の記憶では気持ちいい方のものだったんだけどね。読み返してみたら全然違ったけど。

小田嶋:言ってみれば、柴田翔のあれは田舎の後家をだますみたいな小説ですよ。

:僕は田舎の後家だったのか。

小田嶋:女性を描けてない加減で言えば、大江健三郎とも通じるんだけどね。

「春樹問題」で若い読者に飛ばされる作家の1人に、大江健三郎さんもおられますね。

:大江健三郎ね。

小田嶋:ただ大江健三郎は、やっぱりいろいろ欠点があるけど、読むべきところもあるんです。特に思春期の男の子を書かせたら絶品。

:小田嶋は激しくかぶれていたけど、僕は文体がだめだった。何がって、文章のリズムが取れない。だから読み進められなかった。

小田嶋:そもそもスノッブなんだよ。「ジャガー」が「ジャギュア」だったり、「セックス」が「セクス」だったり。

ぞぞっ。

小田嶋:当時の知的粉飾って、すごく露骨なんだよ。その点、岡はやっぱりスタンダードに漱石がひいきだったよね。

「春樹問題」の起点に戻りましたね。

小田嶋:俺も漱石は比較的好きだった。だけど、漱石が好きだ、というのは何かカッコよくない気がしていた。

:何で? 優等生っぽいから?

彼女は幻想であってほしい、というかそうに違いない

小田嶋:優等生っぽいからではなくて、たぶん大衆小説っぽく思えたからだろうね。だって面白すぎるから。昔の大家の中で、漱石は唯一、ユーモアのある作家なのよ。どんな難しいテーマでも、読む者をにやっとさせるようなところがあった。読んでる自分がにやっ、としてしまうところに、ちょっとコンプレックスを感じたのかもしれない。これが歐外になると、面白さのかけらもないんだけど。

:だけど留学中に女を作ったりしたのは歐外の方だよね。漱石は胃潰瘍が痛くて、それどころじゃなかった。

小田嶋:人間的には漱石の方が気が小さくて、被害妄想で恐妻家で、と、およそ冴えないんだけど。

:歐外は軍医で、小説家で、女ったらしでしょう。

小田嶋:ドイツでドイツ娘をころがして帰ってきました、というところの話だからね(注:森歐外『舞姫』のこと)。

:でも、あのエリスとか、本当かよ、って思うよね(注:エリス=『舞姫』のモデルとなったベルリンの踊り子。留学時代の歐外の恋人だった「エリス」は、彼女を捨てて日本に帰国した歐外を追って来日した)。

小田嶋:いや、あんなのは幻想だと思うよ。

:そうだよね。幻想、幻想。

娘で随筆家だった森茉莉によると、歐外は大変な色男だったとか。

小田嶋:それは娘が言うことだからね。真に受けてはだめですよ。だいたいドイツ人の女が、日本の男を追ってくるなんて話はありなんだろうか。いくら小説だからって、それは無理をしてるでしょう。

:そうだよ。あんなのは妄想。妄想だよ。

なるほど、人がモテている話は「妄想であってほしい」と。いろいろ出ましたが、結局、問題意識は「他人のモテ」に行き付くんですね。

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