小田嶋:俺は20歳だったから、普通にこれはいいと思った。

:それはチャンドラーとのいい出会い方だとは思うけどね。

小田嶋:チャンドラーはおそらく全部読んだ。この作家はタイトルが全部うまかったの。『トラブル・イズ・マイ・ビジネス』とかさ、カッコいいったらありゃしないんだよね。

:『事件屋稼業』ね。そう、カッコいいんだよ。チャンドラーと、今の僕の職業を関連づけるとしたら、最も広告的な小説なんですよ、あれは。

小田嶋:岡が挙げていた5冊の中で、ほかのものは、あんまり広告コピーに役立つようなものじゃないけど、チャンドラーって本当にそういうフレーズがめちゃめちゃうまかったよね。

:一行一行が広告コピーのよう。

小田嶋:あの会話のカッコよさといったら、後にも先にもない。

「カリフォルニアは百貨店のような街である。何でも揃っているが、価値のあるものは何もない」

なーんてね。

それ、小田嶋さんが作った文章なんじゃないですか?

:だから小田嶋も影響を受けているわけですよ(笑)。その意味で、小田嶋のコラムにしても、僕が作る広告にしても、かつての自分の本棚が書かせているか、作らせている可能性は多いにあるわけだよね。だって読んでなかったら書けないんだからさ。

小田嶋:まあ、女の子をくどくネタになるとは思っていなかったけど。

きっと君は来ない、でも来るといいな

:当時、僕の本棚にはチャンドラーがあったし、『高橋和巳全集』も、吉本隆明も、埴谷雄高までもが揃っているぞ、どうだ、ということで、いつの日か俺の本棚を見つめる女の子が現れるんじゃないか、と思っていた。誰も来なかったけど。

小田嶋:来るわけないけど、でも、そういうのがないかな、という幻想の元にはなっていた。

チャンドラーの『長いお別れ』は、清水俊二訳が長く有名でしたが、村上春樹が『ロング・グッドバイ』として翻訳し直して、人気が再燃しました。

小田嶋:そこも「春樹問題」の一側面だと思うんですよ、俺は。時代に埋もれてしまった作品でも、春樹が触れるか触れないかで、また評価が違ってしまうという。

(注:「春樹問題」とは、高橋源一郎氏による「若い世代が触れる小説が、教科書で学ぶ夏目漱石などの古典的な作家のものから、一足飛びに村上春樹まで飛んでしまい、中間の作家群が読まれない」という指摘。詳しくは前回をご参照ください)

:僕は、実は村上春樹は好きなんですけどね。

小田嶋:俺も、書き手として村上春樹は尊敬しているということだけど。物を書く人として、とてもちゃんとした技巧を持った立派な小説家だと思っているけど、ただ、リアリティーを感じないわけよ、すごく。

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