本記事は2010年11月15日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

 お2人の「青春の5冊」から始まった「人生の諸問題・読書編」。読者のみなさまにインテリジェントな秋の夜長をご提供するはずでしたが、「さるかに合戦=プランナー説」、「春樹問題」に続いてあぶり出されたのは、結局、「モテ問題」という永遠の命題でした。

 今回、まず、その俎上に載るのは、「くだらなすぎた人格だったのに、女性にモテまくった」と言われている太宰治です。(前回から読む

 くだらなくも面白い人生の諸問題を、二人の言霊使いがセキララに語り下ろす、この連載をまとめた新刊『ガラパゴスでいいじゃない』も、おやすみのお供にぜひどうぞ。

小田嶋:我々の短かからぬ人生の中で、何人かの女性から支持を得たことが仮にあったとすると、そういう場合って、もしかしたら自分の中にある一番素晴らしい部分に惹かれてくれたんじゃなくて、ダメな部分に反応したんじゃないか、と、そう思える今日このごろなんだよね。

:そう、言わば太宰的な部分にね。

小田嶋:恋愛みたいなものって、互いの美点ではなく、欠点において成立していたりするからさ。太宰みたいに、とても巨大な欠点と、とても巨大な才能を持った人は、モテざるを得ないわけだよ。

落差なき者、モテの門くぐるべからず

:それは、欠点と美点との激しい落差で、モテているんだと思うよね。だって、欠点だけじゃ誰も振り向きはしないから、いいところも当然あると思うんだよ。

小田嶋:それはドメスティック・バイオレンス(DV)のメカニズムと、非常に通じるところがある。女性を殴っちゃうようなタイプの男って、一方で、ものすごく女性に優しいという。相手を散々殴った後に、めちゃめちゃ甘えたり、めちゃめちゃ優しくしたり、と、その落差と幅が我々一般人とは、まるで違うんだ。

:いや、俺、女の人を殴ったことなんかないよ。

小田嶋:ないよ、俺だって。

:殴られたことはあるけど(笑)。

小田嶋:・・・。ともかく我々は振れ幅が小さいわけだ。相手に優しいときでも、せいぜいほんの少しにこっとする程度だし。でもDVのやつらは、冷たいときは悪鬼のように冷酷で、相手の貯金を全部下ろして使っちゃうようなひどいことをする。だけど謝るときは、地にひれ伏して謝っている、と。ジェットコースターみたいな恋愛をしたい女性は、そういうやつに引っ掛かって、やがて共依存に陥っていくという。太宰って、そういうところがあるじゃん。

:あるね。

小田嶋:実際、女性と心中未遂を繰り返すようなひどいことをしていて、自分だけ生き残ったりもして、おそらく殴ってもいる。『ヴィヨンの妻』なんかにも、殴った殴らないの記述があるっちゃあるでしょう。だけど優しいときは、おそらく我々の100倍ぐらい優しかったんだよ、きっと。

芸能人のカップルにもよく見られますよね。

:最低だね。

それを言われたら降りますか?

小田嶋:でも女性にとって、恋愛が何かスリリングなものであってほしいということであれば、ちょっとだけ優しくて、時々むっとしているぐらいの、スリルのない男よりは、烈火のように怒ったり、べたべたに甘かったりの二極が激しい方が、きっと楽しい。

:でもスリルを求めるといっても、多くの場合、女性はさっさと去っていくよね。俺、それが怖くて、威張ることなんて、できないですからね(笑)。

当たり前です。

:当たり前ですね。当然去っていきますよね。

小田嶋:車から降りろよ、と言ったぐらいのことで去っていくんだよ。

:お前、そんなことを言ったの?

小田嶋:二度と電話に出なくなるもんね。

それはいつ言ったの?

続きを読む 2/5 今で言う「聖地巡礼」ですね

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