小田嶋:まあ、あの状況を見て、俺も自分の本は全部買い占めて、手許に置いておいた方がいいかな、と思った。どれもすかっと絶版になりそうだから。

 この間、高橋源一郎が言っていたんだけど、今の若い人たちにとっての文学とか、読書体験みたいなものは、夏目漱石、森歐外は学校で習うにしても、そこから次はいきなり村上春樹になっている、という。

:飛ばされちゃうんだ。

小田嶋:太宰治ぐらいまではかろうじてあるんだけど、戦後の第三の新人――遠藤周作、吉行淳之介とか、その後の大江健三郎とか、北杜夫とか、あの辺を全部すっ飛ばして春樹で、戦後というのはないんだって。これを「春樹問題」と、高橋さんが呼んでいた。

「春樹問題」が吹き飛ばす作家たち

:高橋さん自体も飛ばされているんだ。

小田嶋:飛ばされている。だから何で俺らを飛ばして、いきなり村上春樹なんだ、と。日本文学史上、こんな何十年も空白があっていいのか、というのが、彼の問題意識なわけだ。

高橋さんの問題意識を、ここで埋めて差し上げたらいかがかな、と思うのですが。

コラムニスト 小田嶋隆氏(写真:大槻 純一 以下同)

小田嶋:俺たちが挙げた本は、まさしく、その春樹によって全部飛ばされちゃったところのものでしょう。

:三島由紀夫なんかも飛ばされた組なんだろうか。

小田嶋:そうそう、三島。それから川端康成、あと遡って芥川龍之介もその組なんだよ。

:三島を飛ばしていいのか、という話は確かにある。

小田嶋:一時期あれだけ文学的大スターだった人なのに、今の若いやつはまったく読まない。

:だったら、吉本隆明も小田実もさらに読まれないんだろうな。

『坂の上の雲』はいつまでそこにある?

小田嶋:そうだよ。だって高橋の源ちゃんがそのときに言っていたのが、司馬遼太郎も一緒に消えていくんだ、という話だったから。

:司馬遼太郎ですら。

小田嶋:俺は、司馬遼太郎は大好きだった、というわけではないけれど、あれは誰もが認める昭和の国民文学って位置付けでしょう。読んでないと格好が付かなかったし、誰も彼もが読んでいたから、俺も一応読まざるを得なかった、というほど人気がありましたよね。

:司馬遼太郎と、それと松本清張ね。

小田嶋:そうそう、そうそう。

:話が横道に逸れるけど、僕は池波正太郎をこの先の楽しみにとっておいてあるの。だって司馬遼太郎はエリートしか興味がないからね。それで、藤沢周平は1冊手に取ったら、もうやめられなくなって、全部読んじゃった。藤沢周平の話は、海坂藩という日本海側の小藩の下級武士の話だからね。

小田嶋:俺は、藤沢周平はアル中時代にさんざん読んだ。藤沢は、視点の置き所が地面なんだよ。司馬遼太郎は空の上から鳥瞰的に見ている感じだけど。

:すかっとするのは司馬遼太郎の方なんだよ。大河ドラマに向いているのも、明らかに原作・司馬なんだ。でも、藤沢周平は「プロジェクトX」で、これが泣けるんだよ。

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