本記事は2010年11月1日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

 読書の秋にふさわしい「青春の5冊」シリーズ。ヘッセ『車輪の下』の思わぬ黒さにおののいた前回(こちらから)からの続きです。秋の夜長、枕元にはぜひこの連載をまとめた『ガラパゴスでいいじゃない』をどうぞ。くすくす笑いながら夢の世界に旅立てることうけあいです。ちなみに、あのケータイとは無関係です。念のため。

岡さんは前回の最後で、柴田翔『されど われらが日々――』を、ご自分の恋愛観の原点になった本として挙げられました。

 『されど われらが日々――』は、同人誌「象」に1964年に発表され、同年上半期(第51回)芥川賞受賞作となった小説。「1955年、共産党第6回全国協議会の決定で山村工作隊は解体されることとなった。私たちはいったい何を信じたらいいのだろうか―「六全協」のあとの虚無感の漂う時代の中で、出会い、別れ、闘争、裏切り、死を経験しながらも懸命に生きる男女を描き、60~70年代の若者のバイブルとなった青春文学」(以上、アマゾンのBOOKデータベースより引用)

:それ、今回はまず、謝ろうと思って(笑)。この間、読み返して、何で俺、これを選んじゃったんだろう? って。

小田嶋:岡が5冊に挙げていたから、俺も久しぶりに読んでみたら、ひっくり返りましたね。

○岡 康道さんの5冊(順不同)

『長いお別れ』 レイモンド・チャンドラー

『邪宗門』 高橋和巳

『斜陽』 太宰治

『されど われらが日々――』 柴田翔

『絢爛たる影絵―小津安二郎』 高橋治

○小田嶋 隆さんの5冊(順不同)

『車輪の下』 ヘルマン・ヘッセ

『素晴らしいアメリカ野球』 フィリップ・ロス

『仮面の告白』 三島由紀夫

『ヒューマン・ファクター』 グレアム・グリーン

『百年の孤独』 ガルシア・マルケス

:俺さ、どうして柴田翔なんかにかぶれていたんだろうか。

小田嶋:お前が謝ることはないよ。俺もね、これはかぶれていた。若いころの自分って、こんなばかだったか、とあらためて衝撃を受けた。

:これにやられる、というのはおかしいよね。まずさ、この主人公というか書き手は偽者じゃないか。

小田嶋:そう。もう、うさんくささ横溢だよね。

腹に据えかねて、夜中にメモを取りました

:「私」という主人公は、東大の修士にいて、大学教授になる将来は約束されていて、本のひとつも書くだろう、と。で、いろいろな女と寝たけれど、結局、幼なじみで遠縁の女の節子と結婚することになるだろう、と。もちろんそこに激情のようなものはないんだよ。ないけど、僕は君と暮らすことが一番いいことだと考えているんだ、みたいなことをつらつらと言っている。そういう男に、節子という婚約者が最後に的確にノーを出して、去っていくだけの話なんだけど。

小田嶋:俺、寝ながら読み返していんだけど、わざわざ起きてメモを取った。

腹にすえかねて?

小田嶋:腹にすえかねましたね。全編、やめてくれ、という言葉ばっかり。特にこんなばかな、というせりふがあって。“生きることに比べたら、幸福かどうかなんて取るに足らないこと、だから幸福を求めない”とか何とか、そんなせりふを女に向かってわざわざ言うか。

続きを読む 2/5 虚無を語れるのは特権だ、という雰囲気

この記事はシリーズ「もう一度読みたい」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。