津田:1980年代、実はセゾンカルチャーが、僕たちを支えてくれていた部分があるんですよね。堤さんは僕らみたいなダメな北区民にも優しかった!

(※セゾンカルチャーの生みの親、堤清二さんが、2013年11月にお亡くなりになりました。慎んでご冥福をお祈り申し上げます)

小田嶋:しかし、黎明期というものにおいて、17歳の年の差は、あんまり関係ないですね。だから津田さんも、私が書いたものを読んでいたかもしれないですよね。

津田:そうそう。そのころの僕は「コンプティーク」「ポプコム」「テクノポリス」「ログイン」、そしてあの「ベーマガ」とかを読みまくっていましたね。小田嶋さんはまさに、その辺のサブカルから出ていらしたので。

小田嶋:あのころはパソコンに限らず、サブカルというものがすごく勢いのあった時代ですよ。

津田:1980年代ですからね。それで、僕の人生がだめになったのは、パソコン通信に触れてからなんです。

人生をダメにした「いっちょんちょん」

小田嶋:ああ、パソコン通信、パソ通ね。どこのですか。PC-VANとか?

津田:僕は最初は草の根でしたね。草の根BBSで、まずモデムを買ってきて、モデムが…

小田嶋:300ボーぐらいですか。

津田:いや、僕が買ったときには、1995年ぐらいだったから、いっちょんちょん(14400Kbps)モデムでした。

小田嶋:いっちょんちょん、にっぱっぱですね。

全然分からないです。

津田:ともかく、それがあって、パソコン通信にハマって、いろいろなBBSに出入りして。

小田嶋:そうか、あれにハマるということは、やっぱりツイッターへの道が用意されていて(笑)。

津田:はい(笑)。ですから、最初はアングラBBSとかいろいろ入っていった後、次はやっぱりニフティに行って、という感じでしたよね。

小田嶋:あと日経もパソコン通信の会議室をやっていたんだよね、日経MIXって。

津田:日経MIX、PC-VAN、アスキーネットにNifty-Serveを合わせて、4大パソコン通信と呼ばれてました。

「大人たちってなんてしょうがないんだろう」

小田嶋:日経MIXは、会議室の室長がみんな高飛車な人たちばっかりでね。素人のくせに口を出すと、「お前はまだ早い。勉強しておいで」と、すごくたしなめられる(笑)。

津田:パソコン通信やネットのおかげで僕は、大学のときに大人世界に触れることができました。

といいますと?

津田:どういうことかというと、大人とか社会人とかいうのは、もっと立派なものかと思っていたら、この人たちはパソコン通信の会議室で、実名で、ものすごい罵りあいをしている、と。

小田嶋:あれ、ひどかったです。

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