本記事は2014年1月14日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

 長きに渡り連載を続け、単行本3冊を刊行するまでに至った「人生の諸問題」。この辺で少しリフレッシュ、いつもの小田嶋×岡コンビをいったんバラしまして、個別対談編をお送りしましょう。先攻は小田嶋さん。津田大介さんと語ります。
津田大介(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)
1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。大阪経済大学客員教授。J-WAVE「JAM THE WORLD」ナビゲーター。 NHKラジオ第1「すっぴん!」パーソナリティー。主な著書に『ウェブで政治を動かす!』(朝日新書)、『動員の革命』(中公新書ラクレ)、『情報の呼吸法』(朝日出版社)、『Twitter社会論』(洋泉社新書)、ほか。2011年9月より週刊有料メールマガジン「メディアの現場」を配信中(公式サイトはこちらから)。(写真:大槻純一、以下同)

「人生の諸問題」の小田嶋さんスピンアウト編は、ゲストに津田大介さんをお迎えしました。津田さんと小田嶋さんは、もうすでに面識も交流もおありなので、どうぞお好きなようにお話してください。

小田嶋:いきなり見捨てられた感がありますが……確かに私は津田さんとは、もう何だかんだで、ちょこちょこと会っていて。

津田:そうですね。

小田嶋:ただ、津田さんとはいつも、比較的、実のない話しかしてないので。

津田:以前から「今度、パソコンとかネットとかの黎明期の思い出話をしたいですね」みたいな話をしていたんですよね。

小田嶋:そうそう。わりと近い時期に、同じようなところで、かなり似た仕事をしていたはずなんです。津田さんとは17歳の年齢差がありますから、私の方が古いのは間違いないんですけど。

津田:僕が業界にかかわるようになったのは、1997年からですね。1993年に大学に入学して、その後にインターネットの波が来て、大学時代は24時間365日、出入り自由なコンピュータールームに入り浸っていた、という感じで。

小田嶋:WindowsNT3.51とかの?

津田:そうです。3.51だから、インターフェースはWindows3.1と同じなんです。95っぽくないNT3.51。

小田嶋:95以前のやつね。

津田:そこにNetscape Navigator1.1が入っていて、みたいな。

小田嶋:じゃあ、卒業と同時に業界にかかわっていた感じですか。

津田:在学中からですね。

小田嶋:就職はしなかったんですか。

津田:就職は、できなかったんですよ。

小田嶋:できなかった?

絵に描いたとおりの「早稲田のダメなヤツ」

津田:僕は大学生のときは本当に典型的な、怠惰な早稲田の文系のだめ学生で(笑)。

 もともと高校のときに新聞部に入って、音楽もやっていたんですね。そのころは「別冊宝島」を読んで、ルポライターとかになりたいと思ったので、それで将来、音楽と物書き、どっちに行こうかな、なんて思っていて。

 大学では打ち込み音楽を作ったりしていて、4年のときに、自分の音楽ユニットでインディーズ・デビュー直前みたいなところまで行ったんです。でも、最終審査のオーディションライブで落ちて、自分としてはもう満足した、と。それよりかはたぶん、自分は物を書く方に才能があるんじゃないかと思い、じゃあ、やっぱりルポライターだろう、と。

小田嶋:それ、早稲田のだめなやつの典型ですね(笑)。

津田:そうなんですよね。あまりにもひねりがない。駆け出しライターのころ、日経BPの記者の人からお酒の席で「早稲田で音楽やってて、その後ライターなんてお前はなんてひねりがないヤツなんだ。反省しろ!」と怒られたことがあります(笑)。その人は東大だったな……。

小田嶋:ちゃんとした就職はしてないんですか?

続きを読む 2/6 北区の文化資本に一度染まると…

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