:例えば広告なんかだと、ハタと膝を打つことをやられた、と。しかも広告屋風情に。そのときも批判や苦情は来るわけです。だから、見ている人は分からないんじゃなくて、鋭く共感しているんですよ、ある意味。だって広告には、分からないことってあんまりないんですよ。

小田嶋:そんな難しいことはやってないもんね。

:そう、そんな難しくないからさ(笑)。ただ、そんな広告に反応してしまった自分、ということが不快だというわけで。で、不快を感じたその時に、ネットというものが目の前にある、と。

タダで見せると芸が荒れる

小田嶋:クレーマーという人たちは昔からずっといたわけだけど、例えば駅張りのポスターが気に入らなくて、駅長室に「あのポスターは何だ」と怒鳴り込んでいくにはそれなりの度胸とリスクが要ったよね。でも、ウェブ上で苦情を匿名で言うのはノーリスクだから、ハードルがすごく下がった。

 これは故・景山民夫が宗教に入る前に言っていたんだけど、とにかく無料入場者を相手にしたら芸が荒れるからだめだ、と。落語家は、TVを見ている人たちを相手にし出したらだめになる、ちゃんとお金を払って聞きにくる人たちを満足させるようにしないといけない、というようなことで発言していた時だと思うんだけど。

:そういう意味ではインターネットによって広告の芸は荒れたね。

リスクや対価の支払いはなしで、文句は言い放題だ、という状況ですね。

:そう。それでも今は、クライアントもその手の批判に、まったくもろいわけで。

小田嶋:批判にもろい、ということもあるし、クライアント内部にある、広告を作る人間に対する目線もあるんじゃない? 俺が作った舞台でお前が踊って拍手をもらっているんじゃねえよ、と。

:そういうこともあるね。金を出しているのは俺なんだ、俺が許可したから作れるんだ、と。お前が拍手をもらってどうするんだよ、という。

それは、上司と部下にもありそうな嫉妬の構造ですね。

小田嶋:拍手は俺に来なきゃいけないのに何でお前、拍手をもらっているの、という。

:最近、「表現が面白すぎる」という理由でボツになったものがあるんだけど、それはそういうことだよね。だって、表現が面白すぎて商品が死ぬとか、そんなことはあり得ないわけですよ、広告なんだから。

社長よりウケてはいけません

小田嶋:それは、どこかのスナックで社長より面白い冗談を言っちゃったようなものだよ。どんなに面白いことを思い付いても社長の前で言って、ほかの人々にウケたら、食っちゃうことになるから、やっちゃいかんという。

:ああ、そういうことだね。

小田嶋:俺が昔よく行っていた四谷のスナックは、銀行員さんが多かったんだけど、銀行員の連中の、支店長の冗談に全員爆笑するというあの態度が。

面白い冗談だったんですか。

小田嶋:全然面白くないのに、こいつらはこれが面白いんだ、という不思議な場だったんだけど。笑っている彼らは、そうじゃないときに会うと結構面白い人たちで、だから本当はつまらない人間じゃないんだけど、支店長のいる場ではつまらないわけよ。

 だから、あるシチューエーションだと、面白い人じゃいけないわけ、役割的に。

:……。

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