:「日経ビジネスオンライン」では、僕たちの方が、ずいぶん長い間しゃべっていたのに。

市川:まあまあ。

:それで敦は行ったんだね。

学生に「ウィトゲンシュタインの言葉」が届いた

:その依頼は連載を担当していた編集Yさんと僕の2人に来て、一緒に行ったんだけど。僕は、学生の役に立つような特別な知識も情報も持ってないでしょう。いったい何を話したらいいのか、出かけるときから途方に暮れていた。

 大学へ向かう電車の中で、編集Yさんと「出たとこ勝負で行きましょう~」なんて言い合っていたんです。それなのに、いざ本番になったら、Yさんはしっかり作り込んだパワーポイントを用意していた。

:ひどいな(笑)。

:おいおいおい、って(笑)。途中で僕にバトンタッチされたんだけど、何の準備もない僕に振るのか~って、もう絶望感で打ちひしがれていた。

 ところが、学生からのレスポンスがよくて、また講義に来てください、と敦さんに2度めの依頼が来たんですよね。

編集Y:話に割り込んですみませんが、実はそのとき、私はかなりショックを受けたんです。

 なぜ?

編集Y:その場では私のプレゼンめいた授業のほうが明らかにウケていた。なのに敦さんには「今度はいつ来てくれるんですか?」という話が来た。そして、私にはそういう熱いオファーは来なかった。

 パワポまで用意したのに(笑)。

編集Y:しかもその大学の先生に聞いたら、私が行かなかった2度目が、どえらく受けたそうなんです。敦さん、お差し支えなかったら、2度目はどういう話をされたのか、教えていただけませんか。

:そのときは、哲学者や文学者の言葉の一部分を抜き出したプリントを学生たちに配って、それを叩き台に作文してもらったんですけど・・・。例えばウィトゲンシュタインの「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」とか。

ちゃんと伝わらないなら、黙ってるしかないの?~『論理哲学論考』」ですね。

:へえ。そんなこと学生さんに言っても答えられるんだろうか。だって、それ、本当に考えたら自分が壊れちゃうよ。

:もちろん、ほんの一言の引用文だけを読んだって、その哲学者がその文に込めた意味が分かるわけはないんだけれど。

市川:でも取りあえず、その一言を抜いたんですね。

: それをもとに、「自分の解釈でもいいし、自分が思い出すことでもいいし、何でもいいから書いてみてくれ」、ということですね。

 ただし、「こう書けばいいんです」という作文ってあるじゃないですか。と言うか、学校とか世の中で書く作文って、基本的にそういうノウハウで、できちゃうじゃないですか。

:そうだよね。

:それだけは絶対にだめ、と。

市川:なるほど。

「覚悟を持てることだけを書いてほしい」

:何を書いても間違いじゃない。だけど、書いたことについて、周りの連中に「オマエ、そんな読み方は間違っているよ」とか、「そんな話はあり得ないよ」とか言われても、絶対に引かない、絶対に撤回しない、そういう覚悟を持てることだけを書いてほしい、と言いました。

:それはまた…難しい課題だね。

:いや、みんなびっくりするくらいちゃんと、自分の言葉で自分の意見を書くんだよ。

 もちろん学生だから、バイトをしたときに、これこれこういうことがあったとか、あるいは友達付き合いで、プレッシャーによって自分の本心とは違うことをしゃべってしまったとか、そういう身近な体験談だよ。でも、そういったことを材料にして、実によく分析して、考えを広げてくれるんですね。それも自分から積極的に。

 講義の後、「先生、今度はいつ来るんですか」コールが起きたとか。

:みんな真剣に考えるし、きちんと話もするんだよ。そういう場があればね。1人の学生からは「自分は考えることが好きなので、こういうことができてよかった」と言われて、やってよかったなあ、と。

 僕自身は、人に教えるようなこともお話しするようなことも、何も持っていない。いかなる点でも、教師でも先生でもない。それどころか、まともな大人でさえない。だけど、学生ひとりひとりが自分の考えを深めるとか、自分の力を発揮するとか、そういう場を作る手伝いができたのかなと思って。しかも、学生たちも喜んでくれたのなら、もう最高に……。

:うれしいね。

:うん。

編集Y: 端的にいって、いまは雑誌もウェブも「読む前に効能が分かって、読んですぐ役に立つ」ものしか、手にとってはもらえない。あるいは、作り手側がそう思いこんでいますよね。

そういう“常識”がありますね。

編集Y:まして、学生さんはさらに冷めているだろうと。だから私も、就職とか世代とか、興味を引きまくるコンテンツを用意して臨んだんですが、より彼らを引きつけ、反応を引き出したのは超接近戦の敦さんだった。

 「生きるための古典」は、ウェブの連載でも、読者の方から超熱いコメントをいただきますが、敦さんは、それと同じ反応を学生からも引き出してしまった。自分がいかに”常識”に縛られていたかを、編集者として痛感します。

 と、担当編集者が思わず反省したところで、この鼎談、もう少し続きます

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「人生の諸問題」は4冊の単行本になっています。刊行順に『人生2割がちょうどいい』『ガラパゴスでいいじゃない』『いつだって僕たちは途上にいる』(以上講談社刊)『人生の諸問題 五十路越え』(弊社刊)

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