ちなみに、この連載「人生の諸問題」の、もともとのタイトルは「ウエブ時代のコミュニケーション作法」というもので、同時代の「コミュニケーション」について、岡さんと小田嶋さんが、いろいろと論考を交わそうよ、というものでした。

市川:「ウエブ時代のコミュニケーション作法」と、「人生の諸問題」というタイトルには、「一体、何が起こったんだ?」という落差がありますね。(その経緯は、シーズン1の第4回「『受験』と『恋愛』と『デニーズ』と」にて)

 市川先生は今、大学で教えていらして、コミュニケーションに関して、どんなことを思われますか。

「文学とはありがたいもの」という前提が消えた中の文学部

市川:おそらくお察しの通り、文学や哲学の価値を学生に伝えることって、すごく難しいんですよ。例えば文学について言えば、「文学とはありがたいものなんですよ」というパッケージで過去100年ぐらい押してきたんだけど、近年はどうも、そうは言っていられない。

 僕は1971年(昭和46年)生まれで、まだ文学がエラそうにしていた時代を知っているんですが、平成生まれだと、早稲田の文学部に来ている学生でさえも、「いや、実はあんまり文学って読んでいません」という人も少なからずいて、「自分はここに来ちゃってよかったんだろうか」と悩んだりしているんです。その人たちに「文学ってエラいんだぜ」という前提で一方的に話しても伝わらないし、そもそもそれをやっちゃうと、文学の根本であるコミュニケートをこちらから捨てることになってしまうんですよね。

 それよりは、「今、あなたたちは『文学ってなに?』と悩んでいるかもしれない。でも、そうやって答えを一から考えることこそ『文学』や『哲学』の態度なのだから、そこについてあらためて一緒に考えてみよう」と誘うほうが望ましい。でも、それだとエラそうになりようがないんです。

 先生も一緒に揺らぎながら人生を歩んで行きます、というスタンスですか。

市川:そうですね。でもそれも善し悪しで、いっけん鼻持ちならないぐらいの高い目線から語る言葉の方が、聞き手には届いたりすることもありますよね。

 岡康道さんは以前、某大学で話をされたときに、学生から反感を買ってしまった、ということをおっしゃっていました。

本当のことは、鼻持ちならない

:学生の就職活動を念頭に、広告業界のことについて語ってほしい、という依頼だったんですけど、「優秀な学生は全部の業界がほしがる」というように、本当のことを率直に語ったら、「僕の参考にはならなかった」とか「しょせん違う世界の人だと思った」「上から目線」とか、厳しい感想が来て、かなり傷付きました。

市川:岡さんは早稲田でも講演をされていて、僕も聴いていますが、確かに、「うわ、こんな本当のことを言って大丈夫かな」と思うわけです(笑)。

 「優秀な学生は全部の業界がほしがる」by 岡康道、と。

:それだと僕が鼻持ちならない人みたいじゃない?

市川:優秀じゃない学生からしたら、自信満々に見えると思いますよ(笑)。ただ、その言葉は力強くて面白いから伝わるひとにはすごく伝わるし、そもそもそこで岡さんがへりくだったってしょうがないですよね、実際にめちゃくちゃ優秀だったんだから。

:いやいや、そんなことはないけれど、例えば就職はゲームだから。ゲームならルールを熟知して、勝つためにどうすればいいかを考えるべきだ。で、ゲームが強いやつは、商社にだけ強いということはないから、マスコミにもメーカーにもどこにでも強くなるし、弱いやつは全部に負ける。

 それは、そういうとらえ方もあるよね、ということじゃなくて、世の中、大きくはそういうことでしかないから、その勝負が始まるんだったら勝てよ、というふうに僕は言っているんです。

 負けた人のことは分からないけど、聞いている学生たちは、これから就職活動が始まるわけだから、そういう認識でいた方がいいんじゃないかな。

市川:敦さんが参加された『人生の諸問題』の鼎談で、敦さんは「兄貴は勉強もゲームだととらえている」とおっしゃっていましたよね。(※このあたりは2010年1月30日掲載の「無責任なり、60年代野郎! 『新展開』と『第三の男』と『兄弟』と」をぜひ))

:というか、人生そのものがゲームの範囲だ、みたいなね。

:それじゃあ軽いじゃん(笑)。

:いや、僕らが人間形成した1970年代を考えれば、それは1つの答えだったと思うよ。あの空虚で退屈な状況にあってはね。ただ、発想としてはあり得るけれども、実際にゲームとして押し切ってしまうことは、なかなかできない。よほどのパワーか、あるいは、そういう種類の才能がないと。とくに、一生ゲームとしてやっていくなんてことはね。

 敦さんにも「生きるための古典」の連載を読んだある大学の先生から、「学生たちに話をしてくれませんか」という依頼が来たんです。

:えっ、俺や小田嶋には来なかったのに。

 来なかった。

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