本記事は2011年2月21日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

 「日経ビジネスオンライン」で読者の熱き支持を受けている岡敦さんの連載「生きるための古典」がこの度、『強く生きるために読む古典』(集英社新書)のタイトルで刊行されました。岡敦さんは、この連載「人生の諸問題」の主役のひとり、岡康道さんの弟さんです。

 というわけで、刊行を記念して、岡兄弟、そしてスペシャルゲストとして『小説の設計図(メカニクス)』(青土社)、『芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか―擬態するニッポンの小説』(幻冬舎新書)などの著作、そして「王様のブランチ」(TBS)などでもご活躍の、「早稲田文学」ディレクターの市川真人さんをお迎えした、変化球編をお送りします。

『強く生きるために読む古典』を読んだ方からは、マーケティング全盛の世の中で、書き手の真情がダイレクトに伝わる本、というご感想や、思想書・哲学書の紹介として類書のないアプローチ、との声が湧き起こっています。

岡康道(以下、岡):うん、それはそうでしょうね。こんな本見たことないよ。昨日、小田嶋(隆)とも話したんだけど、そうか、本にはこういう読み方がありえたのか、と驚いていた。

具体的に、どんな読み方なんでしょう?

強く生きるために読む古典』(集英社新書)

:新書に収録されたものでいえば、たとえばカフカの『城』がありますよね。あの小説では測量士Kが、「城」というものに託された官僚制とか、つまらない仕切りとか、訳の分からない人間関係とかに巻き込まれて、人生がうまく進まなくなっていく。

 そこで、人間社会というものは、何とばかばかしいものだろう、というのが、いわゆる通常の読み方ですよね。事実、小田嶋はその通りに面白く読んだ、と。

市川真人(以下、市川):「俯瞰して読む」ということですよね。

:そう、俯瞰して。ところが、敦は測量士Kに思い切り感情移入して読んでいる。

「遙か彼方にかすんで見えるだけの目標に向かって、日々繰り返される、挫折と再起。これは、いつでもどこにでもある、ありふれた物語。」だと。※(「『無意味で愚か』だからこそ、挑戦は続く」)

:ええっ、そんな読み方がアリなんだ、と小田嶋は驚いた、と。そうやって『強く生きるために~』を読み直すと、挙げられた古典が、すべてその内容というよりも、、敦が「こう読んだ」という、彼独自の読み方について書いてある、と言っていた。

※ここで、集英社新書に収録したラインナップをご紹介しておきましょう。

はじめに 『資本論』(マルクス)  
1『失われた時を求めて』(プルースト) --かけがえのない時間
2『野生の思考』(レヴィ=ストロース) --ゴミ捨て場からの敗者復活戦
3『悪霊』(ドストエフスキー) --もしも世界が一編の美しい文章なら
4『園遊会』(マンスフィールド) --今日、リアルな死に触れて
5『小論理学』(ヘーゲル) --気がつくと見知らぬ土地に立っていた
6『異邦人』(カミュ) --夕暮れ、場違いな人
7『選択本願念仏集』(法然) --最低の人間に贈られた最高の方法
8『城』(カフカ) --成し遂げられていない物語
9『自省録』(マルクス・アウレーリウス) --春の季節に生まれいづ

市川:その「読み方」についてなんですが、通常の国語のテストの問題では、「作者は何を言っているのか、答えよ」になりますよね。

:そうですよね。でも、小田嶋と話したのは、「作者が何を言っているか、ということで言えば、おそらく教科書的な、小田嶋の読みのほうが近いんだろう。でも、作者の意図を読み当てることは、それほど重要なことなんだろうか」、と。

 そもそも本というものは、それが刊行され、世に出ちゃったら、後は作者の意図がどうのこうのではなく、「オレはこう読んだ」でいいんじゃないか、という話になりました。

市川真人(いちかわ・まこと)
1971年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒業後、百貨店勤務を経て近畿大学大学院文芸学研究科日本文学専攻創作・批評コース修了。雑誌「早稲田文学」プランナー、ディレクター、早稲田大学文化構想学部ほか兼任講師、TBS系情報番組「王様のブランチ」ブックコメンテーターなどを勤める。本人による自己紹介はこちら。(写真:大槻 純一、以下同)

市川:なるほど。

:小田嶋ではなく、僕の感想としては、乗り越える問題が人生にあって、それに直面している時に、ある本を読むことで次に行けるということなら、“読み方”はどうであっても、いいと思いますね。本のタイトルが何であろうと、作者が何を意図していようとも、読む人自身が、本を読むことで、鍛えたい筋肉の場所が分かるでしょうから。

 で、それは別にして、兄弟として見たら、「何だオマエ、そんなに悩んでいたのか」というのに驚きました(笑)。

市川:今になって知ったんですか(笑)。

:そうそう。だから意外と人間って分からないものだな、と。

市川:僕自身もそうなんですけど、兄は弟のことをあんまり知らなかったりしますよね。岡さんとお会いするようになって、もうすぐ1年近くになるんですけど、途中で弟さんのお話をうかがったことがあるんですが…。

 兄は弟を何とおっしゃっていましたか。

市川:うちの弟は何もしていないんだよ、と(笑)。

 何もしていない人、と。

「強く生きるために読む」ものなのに

市川:人生の意味みたいなものを、働くことには求めていない人で、生きていければ本を読んでいく、そういうやつだ、と。

 でも、集英社新書のプロフィールを見たら、敦さん、イラストレーションやポスター制作などをやっていて、何もしていないどころじゃなかった(笑)。

:知らなかったんだよ、そんなこと。だから、兄の僕から見ると、気楽な人?

市川:兄ってひどい(笑)。僕と弟もまさしく、器用で何でも上手にやりこなしちゃう兄と、その少し下でじっくり考えてじっとこっちを見ている弟、みたいな関係性で育ってきたんです。だから、岡さんと敦さんの関係性が、よく分かる気がしますね。

 うちの弟は消防士をしているんですが、高校生ぐらいのころにドイツ観念論とかを読んでいて、今でも根底にすごい虚無的な人生観があるような気がして。

:虚無的な消防士なのか(笑)。

市川:行動力とかポテンシャルは僕よりずっとあるんですけど、そのぶん頑固でもあって。僕はひとのことを分かろう分かろうとしちゃうから……そのせいで、『強く生きるために読む古典』にも、すごく引きずられちゃったんですよ。

:暗くなったの?

続きを読む 2/4 「つまらない」と思っていた夏目漱石がいきいきと

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