本記事は2007年11月9日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
(日経ビジネス電子版編集部)
岡:前回からの続きでいうと、僕は会社の営業にいた時、宴会に死ぬほど苦しんだんだけど、確かに毎晩続く接待とかそういうことに耐えたということで、一体感みたいなのも生まれなくはない。そこは認めざるを得ないんだよ。
(そう言われると気になる。前回から読む)
電通とか商社とかリクルートとか、日本の高学歴のわりとエリートが集まる場所ほど、ちょっと昔の旧制高校や体育会っぽいカルチャーを、わざわざ残してる部分はありますよね。
岡:わざわざね。
小田嶋:会社そのものじゃなくても、日本生産性センターみたいなところに会社が頼んで研修をやらせると、そういう内容の研修をやるしね。自己啓発とか何とかいって。
岡:自己啓発って、必ず出てくるよね。
小田嶋:それも理屈があって、要するに人間には人間の殻があるんだけど、それを取っ払ったところから何とかしないとダメだ、それには結局、全員が恥をかくとか、共通の苦難を体験するみたいなことをしなければいかん、とか、アメリカの産業社会学者がねつ造した変な理論ですよ。
岡:そうすると「自己」というものを超えた「会社」というような文脈が生まれて、そこで頑張っていくストーリーが描ける、みたいに錯覚できる、ということだと思うんだけどさ。
小田嶋:そこで会社に対するロイヤリティが生まれる、とかね。俺なんかが受けた研修でもそういうのがあって、最後ね、必ず1つの結論が出るまで、全員徹夜で議論しなきゃいけないって。俺は、それ、やっぱり、どうしても嫌で。俺が何だかんだ抵抗したおかげでね、誰も寝られなくなるわけですよ。そうすると、恨まれたり浮いたりするという。
岡:そうなんだよ、そういうことは本当によくあったよね。僕も、結局みんなの仲間になれなかった。
小田嶋:ああいう研修をやることで全員の一体感を醸成しているともいえるけれども、意地の悪い言い方をすれば、同時に異分子をあぶり出しているともいえるんですよ。
そうなんですね。
まんまとあぶりだされました
小田嶋:40人新入社員がいれば、ちょっとそういうのについてこれないやつは、3人か4人はいる。だったら早めにあぶり出して、追い出しておいた方が、会社としてもコストがかからない、というところがあって。俺はまさしくそのあれで。40人は全員、赴任地に営業として行くんだけど、君はちょっと特別だからって言われて、大阪に赴任させられた。同期には、北海道にちょっと変なやつがいて、あと神戸から来ている右翼の息子みたいなのがいて、俺を含めてその3人が三角トレード。神戸のやつが北海道に飛ばされて、北海道のやつが東京になって、俺が大阪だった。
岡:三角トレード以外はみんな採用地に赴任してるの?
小田嶋:そう。本当だったら俺が東京営業部のはずだったのが、研修で浮いたおかげで大阪に。
岡:なるほど。はっきりした方針が会社にあったわけだ。小田嶋にあったように。
でも今の会社というのは、むしろ逆になっていて、本来は大多数が適応するという話だったのが、このごろは適応する新入社員の方が少数になっていたりします。昔と違ってホタルもしないし(第7回『「息子」と「宴会芸」と「君が代」と』参照)、厳しい研修もやらないのに、ぽろぽろと辞めていく。いや、君は、組織じゃないと生きていけないタイプだから、っていう若者ほど、逆に辞めちゃったりしているんですよね。
小田嶋:それは何かある時期から、会社側の問題じゃなくて、自分探し幻想みたいな話がたくさん出てきて……。
岡:まさしくその通りなんだろうな。
小田嶋:本当の自分を探そうよ、みたいなブームがあったでしょう。あれからですよ。
岡:何なんだろうね。
小田嶋:誰しも100%適応する場所なんてないのに、ちょっとでも適応できないところがあると、それをすごくでかく見ちゃって、もうここダメ、と。そもそも自分に天職があるなんていうような思い込みが間違っているわけなのに。
職業に夢を乗せるのがそもそも間違いだ
岡:そうだね。
小田嶋:14歳のハローワークじゃないですけれども、13歳でしたっけ?(注・村上龍著、はまのゆか画『13歳のハローワーク』) 自分の天職を探そうよ、あるいは本当の自分に向いた職業を見つけようよ、あるいは夢を育てようよ、みたいな変なブームが、いけないですよね。職業は食うためにあるんでね。
岡:しかも転職すると、だいたいは収入からして落ちていくでしょう。
でも電車に乗ると、1車両全部に「本当に今のままの自分でいいんですか」みたいな広告があったりして、それを読むとつい、今のままでいいのかな? と疑問に思っちゃったりしますよね。
小田嶋:でも、それは職業で求めることじゃなくて、生活で見つけることでしょう。こういう職業に就くと本当の自分が発揮できる、とかいうもんではないんじゃなかろうか。
岡:昔より今の方が、職業で自己実現をしようという幻想があるということでしょう。
小田嶋:職業で金を稼いで、その金で自己実現しよう、というふうには考えてないんだろうね、きっと。
だいたい、楽しく自己実現できる職業ってあるのか、というと。
小田嶋:それはだから、ロックミュージシャンとか。レアケースですよ。
岡:しかもロックミュージシャンの場合は、99.999%ぐらいが貧乏だからね。
小田嶋:ロックミュージシャン1人につき5万人の観客がいて初めて成立するビジネスだからね。演奏者が6万人いて、聴衆が6万人じゃあね。
岡:それだと1対1だもんな。池袋のガード脇でギターを弾いているお兄ちゃんより少ないよ。
小田嶋:僕なんかの職業でも、どっちかといえばレアケースだから、自分たちの職業みたいなものを普遍化しちゃいかんという気持ちは、私なんかには、すごくあるんですよ。レアケースというのは、お金的に恵まれているということじゃなくて、要するにただラッキーだった、ということなわけですよ。だから、村上龍の『13歳のハローワーク』は、「みんな村上龍みたいになりたいだろう」って、そういう話としか読めないのね、俺は。
岡:結構、気持ち悪い話だよね。そうなると。
小田嶋:頭来るね、読んでると。みんな俺みたいに自己表現がしたいんだろう、本当は。俺みたいに自己表現できていないやつは負け組だぜ、っていう話ですよ、あの本は。
岡:・・・・・・。
小田嶋:あの本の趣旨は、いかにいい給料をもらっていようと、組織にぶら下がっているやつは負け犬だよ、という感覚、あの村上龍独特の感覚ですよ。まあ、あいつがそう思うのは勝手ですし、あいつみたいな才能があるやつがそれで食えているのは同慶の至りだけど、若いやつにそれを勧めちゃだめでしょう。
岡:確かに人気のある作家が言っちゃいかんという感じがするな(笑)。小田嶋の場合は同感だけどさ、じゃあ平々凡々たる青年に対してね、何を言えばいいんだろうね。僕の息子は、この前広告がやりたいと言ってきたわけ。それは、俺とか俺の周辺のタグボートのやつらとかしか知らないからだよね。何しろ彼は高校時代に、高校行っていないわけだから。
小田嶋:そういう息子にとって、お父さんの仕事は何かとても楽そうに見える。
岡:そうなんだよ(笑)。タグボートでバイトしたり、タグボートの野球部に入ったりしてたから。だけどね、親子二代続いてラッキーが待ち受けているということは、まず考えられない(笑)。もう運を使っちゃったと、俺が。だから悪いけど、無理だと思うよ、不運な広告屋というのはつらいもんがあるよ。と、思いとどまった方がいいんじゃないかっていうことを相当言ったんだけどさ、そんなの説得力ないんだよ、全然(笑)。
小田嶋:それはそうだよ。
岡:そんなの、やってみなきゃ分かんないじゃん、とか言われて。
小田嶋:やってみなきゃ分かんないわけだし、実際。
岡:まあね。
「気がついたらコラムニスト」って言われたらもう
小田嶋:俺なんかは、目指してなったわけじゃないから、そこがラッキーなところなんだけど。目指してなっちゃった人も、またそれはラッキーかもしれないけど、人間は目指すものになるんじゃなくて、なるものになるんだ、というようなことをね、そっちの方を教えた方がいいと思うよ。俺はこうなるべくして努力してこうなった、ではなくて、気が付いたらこうなっていたんだよ、という話。
岡:でも、その小田嶋の論理は、例えばコラムニストを目指す若いやつからすれば、もう鼻持ちならない(笑)。
鼻持ちならないでしょうね。
岡:俺もそうだけど、広告クリエイターになったのは、営業がつらくて逃げただけですよ、なんて言うと、厭味なわけだ。
厭味ですね。
小田嶋:仕事をどうやって次の人に渡すかって、難しいことだね。
岡:難しいよね。だから、教えるというよりはもう勝手に育ってくれて、ただし、そういう後進の環境整備というのかな、そういうことはやりたいとは思うんです。そうすれば、何か死ねるような気がするというか。わが事だけじゃなくて、自分が何十年か職業に対して割いたエネルギーみたいなものが、未来の誰かの役に立つんだと思い込みたいよね、せめて。
小田嶋:岡のように、こっちを目指したんだけど、あっちに流れ着いて、という外れ方は、CMプランナーの場合はそんなひどいような気はしない。CMプランナーを目指して失敗しましたといっても……。
岡:それは単に会社の就職試験に落ちただけだから、電通、博報堂の。
小田嶋:例えば小説家やロックミュージシャンを目指して失敗した場合っていうのは、もうセーフティネットがないというか。
今のすぐ辞めちゃう若者は、セーフティネット以前に、やってみたら面白かった、という感覚が希薄な気がします。たぶん、とにかくやってみたら予想外の展開があって、そっちも面白かった、となる前に辞めちゃっている。
小田嶋:僕というか、我々には何か、職業に対して、面白いはずないだろうという感じがそもそもあるわけですよ。うちのおやじなんか、もっとたくさん持っているんですけど。「面白くないから金もらえるんだろう、そんなもん面白くてどうすんだよ」、みたいな感覚というのは昔は当然あったわけで、僕も就職する時はそういう覚悟でしたよ。
だから、つまらないのは分かっている。だけど、お金になる。稼がなきゃ食えないわけだから就職するわけだ、チクショウ、なんていう感じで就職したわけでしょう。そう思っていれば、そんな簡単には辞めないと思うんです。
パパ社長の会
岡:あと、あれじゃないの、やっぱり辞められるから辞めるわけだよね。
そういう簡単な見方もできます。
岡:辞められないのに、辞める人はいないわけで。だから小田嶋が会社を辞めたって聞いた時は、もう何ていうの、「小田嶋終わったな」、みたいなことを思ったもの(笑)。だって当時は辞めたやつなんかいないんだからさ。
小田嶋:でも一応、打診してんだよ、うちに。辞めようと思うんだけど、って電話したのよ。そうしたら、あっそう、じゃあ帰ってこいって。
岡:だから、お前の親も特別だよね。
小田嶋:そう。結局、親がかりで30歳まではぶらぶらしてたわけだから。
岡:ある種安定した家族の共同体があるからそういうふうに思えるわけでさ。そうじゃないやつらはそういうことは思えなかったよ。その意味でいうと、今は世の中全体が“辞めていく文化”ということになっている。
小田嶋:昔、原稿に書いたことを思い出したよ。どういう原稿かというと、俺が昔よく通っていたスナックに「三菱商事パパ社長会」というのがあったの。メンバーは三菱商事の社員なんだけど、全員パパが社長だった、という集まりなわけ。
小田嶋:社長っていうのは、畳屋の店主でも、鉄鋼所の社長でも、あるいは八百屋の大将でもいいけど、一国一城の主で、とにかくサラリーマンじゃない人たち。そんなパパに育てられた子供たちだけしか入会資格がないんだけど、その人たちってやっぱりね、絶対にサラリーマンじゃないわけ、雰囲気が。
岡:なるほど。
小田嶋:岡のとこもそうだけど、俺も実はパパ社長なわけだ。で、パパ社長会の人たちと話していて気が付いたら、俺の付き合いって全員パパ社長なんだよ。
岡:パパ社長ね。
小田嶋:サラリーマンの息子じゃない、パパ社長の息子という人たちはどういう人たちかというと、会社に勤めていても、じきに辞めてやるという考えを、どこか頭に持っている。安定ということをハナから信じてないわけ。だってパパ社長は、親の暮らし向きがよかったり、悪かったり、うちがお金持ちだったり、だめだったり、いろんなことがあるでしょう。要するに世の中なんてどう転ぶか分かんねえさ、って思ってる気味がある。
岡:どちらかというとあまり安定的だったりしないで、行き当たりばったりの人たちが多いな。
小田嶋:うちの一族もみんなエリートじゃないパパ社長で、俺がサラリーマンになったよ、というのは、一種快挙と呼べることだったんだけど、あんなやつにサラリーマンが務まるもんかという風に思われているところも、かなりあって(笑)。あいつにサラリーマンが務まるもんか、という中には、劣等感を含みつつ、サラリーマンをどこか軽視している気味があるわけ。
岡:分かるよ。
創業社長は世の中を信じない
小田嶋:銀行員のことを銀行屋と呼ぶような、そういう感覚があると、ほら、やっぱりお前はサラリーマンなんかできないよなって。けなしてるんだか、褒めてるんだか分からないような、そういう雰囲気が家庭にはあった。それは結構でかいことかもしれない。
今のお話、興味深いですね。ベンチャー社長で東大出身の人って、だいたいパパ社長の子供なんです。今の世界でもやっぱり、最初から会社を起こしたれ、というには、どこか、組織とかをあまり信用しないおうちに育っていないとできないみたいで。
岡:まあ、そうだよね。
戦後、創業経営者をやってきた人で、会社員の家で育った人の比率は、サラリーマンになった人の比率から比べると、おそらく相当少ないはずなんです。
小田嶋:そうでしょうね。サラリーマンの子供って、何だかんだ言ってお父さんは背広を着て、朝出ていって、帰ってきて、あるいは会社の人と飲みに行って、みたいな暮らしの中で、お父さんの背中を見てるから、俺もああなるんだろうな、ということをわりと身に染みさせていると思うんです。
でも、俺なんかは、うちは最近儲かってるらしいとか、うちも厳しいらしいとかの感覚しかない。岡のうちほどじゃないけど、うちも金回りのよかった時期とだめだった時期といろいろあるから、どうもサラリーマンというのが監獄みたいに感じられちゃうんですよ。
岡:残業とか宴会とか、な。
小田嶋:これがサラリーマンの子なら、残業があるぞ、とか言われても、いちいち驚かないで、普通そういうもんだよって納得するでしょう。付き合い酒だって、終わったら会社の人と飲みに行くのは当然だろう、みたいな感覚でいるわけですよ。でも俺は、何で私生活の中で俺はこの人たちと飲まなきゃいけないんだ、みたいに思う。それはやっぱりパパ社長だからなんですよ。
岡:それは確かにでかい。やっぱりどこか、そうね、いいかげんだしね、パパ社長の息子は。
小田嶋:そうそう。人生、運、不運だぜ、みたいな感じ。それで渡っていけちゃう。
そういう感覚を知らないサラリーマンの子供は、やっぱり向こう岸には崖があって、ガーッと水が滝壺に落ちている、というような恐怖を感じますね。
小田嶋:サラリーマンの息子だったら当然持っている、企業社会の常識みたいなことってあるんですよ。例えば電話がかかってきた時に、丁寧に出なきゃいけない相手と、そうでなくていい相手とを、自然と判別するでしょう。でも我々はそういうのを学んでいないわけですよ。誰に対しても「へーい」とか言って出てるわけ(笑)。
父が「会社はつまらない」と言うから子は辞める
岡:言われてみれば、タグボートも4人の設立メンバーのうち、3人までがパパ社長だな(笑)。
小田嶋:そうだろう。
岡:だから、やっぱり躊躇がないんだよね、電通を辞めるってことに対して。
普通、電通は辞めないですよ。
岡:いちばん若い麻生哲朗は企業に勤めるサラリーマンの息子だったから、やっぱり相当抵抗があったわけよ。
小田嶋:そうか。
岡:ただ、おやじに相談したら、定年間際だったお父さんが、もうサラリーマンはつまらないぞと言って、それで踏ん切りが付いたんだよ。お母さんは電話口で泣いていたと言っていたけど。
今の大人というか、お父さんたちは、サラリーマンになるってつまらないぞ、と子供たちに言うから、みんなぱっと辞めていくんですかね。
岡:それもあるかもしれない。
小田嶋:それは、内田樹先生が『下流志向』の中で、不快通貨(※)うんぬんという面白い論考を張っていたでしょう。それがちょっとあるかもしれない。だから、あまりにサラリーマンがつまらなくて面白くないぞ、と言い過ぎちゃったツケがきている。そんな不快通貨を家の中で発行しまくったから、こうはなりたくねえと。
(※不快であると表明することが、他者に対しての「通貨」的な役割を果たすのではないか、という説。「オレは不機嫌なんだから、お前はオレに気を使え」)
岡:それと「プロジェクトX」もさ、いい話なんだけど。確かに見ると、泣いたりするんだけど。でも結局あれって、偉くならなかったサラリーマンの話なんだよね。
小田嶋:まさしく、そう。
岡:だからいい話で、泣いちゃうんだけど、俺、この役は嫌だな、と(笑)。
小田嶋:あれはだから、その世代のうまくいかなかったサラリーマンが9割9分なわけだから。
岡:そうそう、俺もこれなんだよ、みたいな。
小田嶋:そうしてみると「地上の星」というのはよくできた歌だったね。あそこでこう、やっぱりね、あの歌がかかるとぐっときちゃう。
岡:きちゃうよ。ぐっときちゃうんだけど、思い出に対してぐっときてるわけだからさ、これから何かを始めようという子供たちにはこないわけよ。
小田嶋:そりゃこないよ(笑)。
岡:僕の息子も僕と一緒に「プロジェクトX」を見てたけど、途中で平気で席を立ってたもん(笑)。俺が涙ぐんでいる脇で。だからやっぱり嫌なんだよ、あの役は。
勝手に学ばれる父親たち
小田嶋:パパ社長に話を戻すけど、結局、子供の方はおやじから何か見習っちゃってるわけ、変なところを。うちの子供なんかでも、おそらくサラリーマンをばかにするような人生観が、どこかベースのところにあるはずなんですよ。
岡:親が教えていなくても、勝手に親からいろんなものを学んじゃっている、と。
小田嶋:だから宿題とかでもね、手を抜いて出しているのを見て「お前、いいの?」と聞くと、「だってこんなの出す必要ないじゃん」とか言って、親である自分も「そうだよな」とか納得しちゃっている(笑)。
教育してますよ、それ。
小田嶋:言いながら、ああ、こうやって伝えてしまっているのかって。
岡:でも、それはしょうがないよな、親がそう思ってるんだからな。自分たちだってまじめにやらなかったんだから、そんな急に子供に、お前はまじめにやれなんて、変な話なんだよ(笑)。
小田嶋:そうだよな。
岡:とはいえ、本当のところ、息子が高校辞めた時は、実に困ったんだよなあ。
小田嶋:そりゃあそうでしょう。
岡:すごい困ったよね。
小田嶋:ネタとしては面白いけど、現実は「さすが俺の息子だ」というふうにはならないでしょう。
岡:ならない、ならない。やっぱりどうしようかと、思ったよ。「俺のせいかな」って。でも途中から、待てよ、だったら通信教育を受けて大学に行くのも、面白いかも、となるんだけど。「お前、でも、ここから通信教育で大学に行くと、ちょっとかっこいいんじゃないの?」みたいな、そういうような面白がり方をしちゃって(笑)。
教育が行き届いていますね。
岡:息子は成城大学に行ったんだけど「『下から来ました』って言うといいぞ」って言ってやって。
一同:(??)
岡:いや、下の階層から来ました、と。
一同:(爆笑)
岡:そうやって考えると、何か面白くなって。下から成城のコピーはね、実は俺が考えた企画じゃなくて、麻生(哲朗・タグボートのメンバー)が考えた企画なんだけど。
ああ、他人の知恵まで借りて。
小田嶋:「逆流」とか言って流行らせて。下流志向じゃなくて、逆流志向。
一同:いいねえ。
すごい美人のお手伝いさんがやってきた
岡:そうやって大学へ行ったやつって学校が面白いらしいよ。だから朝から晩まで学校にいるよ、人恋しいから。
小田嶋:あのころ、お前と息子は2人「クレイマー、クレイマー」(※)みたいだったな。
(※1979年に公開された、母親に去られた父親のヒサンな子育てを描く映画。父の仕事は広告代理店勤務。当時、父子家庭という状況は映画になるほど衝撃的だった。クレーマーの映画ではない)
岡:息子が高校を辞めた時、俺は離婚して一人暮らしだったから、とりあえず、マンションで2人で暮らしてたの。でも、俺も独身なわけで、だから、いろいろ具合が悪いこともあるわけ。
具合の悪いこととは?
岡:とにかく息子と2人きりだと、どんどんどんどん部屋が汚くなっちゃう。しょうがないからお手伝いさんをお願いすることにして、週に1回来てもらうことになったんだけど、その人がすごい美人だったんだよ。
すごい美人だった、と。
岡:マンションの部屋で2人して、朝からぼーっとお手伝いさんを見てたりする(笑)。するとお手伝いさんも危険を感じて、次から幼稚園に通っている娘を連れてくるようになった。
牽制ですね。
岡:お手伝いさんが来る日は水曜日なんだけど、アパートは火曜の夜になると、何か混んでいるのね、息子の友達たちで。何でオマエ、そんなに友達連れてくるんだよ、と聞いたら、要するに、みんなお手伝いさんを見たいわけ。お手伝いさんが来るのは朝早くだから前の晩からいないといけないという。もう、全員、バカだった(笑)。
小田嶋:でも、高校生ってそんなもんだよ。
岡:そうなんだよ。
小田嶋:昔、タケダの家庭教師の上州弁があんまり面白いんで、みんなで押し入れに隠れて聞いてたことがあった(笑)。
岡:それはまた、信じられないほど、ばかな話だな(笑)。
小田嶋:立松和平みたいな上州弁を真似したくて、身に付けたくて。そんなことでさえ珍しいんだから、きれいなお手伝いさんときた日には……。
岡:きれいなお手伝いさんだったら……。
小田嶋:それは泊まるでしょう。
岡:異様だよ、だから。水曜日は朝から食堂が立て込んじゃって。若い男が4、5人いるわけ。何で俺がこいつらの朝飯まで用意しなきゃいけないんだ、と思いながら皿を用意して。まあ、そんなふうにしてあのころ、過ごしていたわけです。
(ひといき入れて再開します。しばしお待ちを)
(2007年11月9日公開の記事を再掲載しました。)
この記事はシリーズ「もう一度読みたい」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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