「日経ビジネス電子版」の人気連載コラムニスト、小田嶋隆さんと、高校時代の級友、故・岡康道さん、そして清野由美さんの掛け合いによる連載「人生の諸問題」。「もう一度読みたい」とのリクエストにお応えしまして、第1回から掲載いたします。初出は以下のお知らせにございます。(以下は2020年の、最初の再掲載時のお知らせです。岡さんへの追悼記事も、ぜひお読みください)

 本記事は2007年10月12日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

:事前に編集部からテーマをもらったんだけど、今日のテーマは難しい。「セカンドライフ」「mixi」「テレビというマスメディア」とか。俺、「mixi」とか、意味は分かっているんだけど、リアルに分からないんだよ。

小田嶋:いや、俺もそれは分からないんだよ。というか、俺は(編集部から送られた)テーマをチェックすることすら忘れていた。

でもセカンドライフは、前回の最後で岡さん自身が「話してみたい」と明言されていたものなんですが。

(気になるので前回から読む)

クリエイティブディレクター 岡 康道氏

クリエイティブディレクター 岡 康道氏 (写真:大槻 純一、撮影協力「杏奴」※当時は東京都豊島区のお店でしたが、現在はリンク先に移転されています)

:えっ。

小田嶋:もう忘れているのか。

:いや、僕が話したいのは「概念」としてのセカンドライフなわけだ。僕たちは評論家じゃないんだから、何というか、人生の諸問題について語りたいわけで。それが最終的にウェブ時代のコミュニケーション論につながればいいと思っているんです。そういうことです。

小田嶋:かっこいいね、人生の諸問題。

(編集部注・こういった経緯で、当初メインタイトル「ウェブ時代のコミュニケーション作法」は「人生の諸問題」に差し替えとなりました)

(何かを諦めて)では、人生の諸問題、語り合っていただきましょう。

:先日、脳ドックというのを初めて受けてみたら、あなたの脳は奇形ですね、ということが分かって。右脳だっけ、左脳だっけ、論理をつかさどるのって?

小田嶋:左。

:左ね。その左の脳の一番太い血管が消失していると。

小田嶋:消失していたのか。

:うん。それで、えっということになって。じゃあ、僕がそれまで論理と思っていたものは何だったのか、と。まあ、毛細血管によって太い血管を補っているらしくて、もうちょっと言えば、太い血管が詰まったり切れたりする恐れはないんだけど。何しろ、ないんだから。

小田嶋:お前の左脳に血管がないというのは、分かる気がするけど。

:いや、俺はなんか、自分自身は左脳で生きているように思っていたから(笑)。

小田嶋:いや、だからね、サルトルが、価値とは欠如である、みたいなことを言っているんだよ。

:どういうことなの? それ。

納得させられなくても人は引っ張っていける

コラムニスト 小田嶋隆氏

コラムニスト 小田嶋隆氏

小田嶋:よく分からないんだけどさ(笑)。要するに、何か欠けていると我々が感じているもの、これがあるはずなのにないじゃないかと感じているもの、それこそが価値であると言っているんだよ。それをちょっと応用すると、才能とは欠如である、みたいなところもあるんだよ。

 そもそも脳というのは機能じゃなくてネットワークだったりするわけだ、きっと。だから、脳の一部分に欠如があったら、別の方向にネットワークを張って、それを補完すればいい。その補完の仕方が、やがて通常とはちょっと違う才能となって発達することもありえるだろう、と。たぶん岡も変な方に張っているんだよ。だいたい岡は、理屈っぽいけど論理的じゃないよ。

:そう言われてみるとそうだね。

小田嶋:俺はお前には、学生時代からいつも論破されていたけど、納得はしてなかったよ。一種、根負けしていたんだな。

:でもさ、プレゼンテーションなんかそういうものかもね。何でこの表現でないといけないのか、ということは、俺は全部説明できるんだけど、じゃあそれは論理かと言われると、よく分からない。

小田嶋:俺、大学受験の時にこいつと一緒に北大(北海道大学)を受けたんです。俺は北大に行く理由なんか1つもないんだけど、こいつが何かにかぶれて「受けようぜ」と言ってきたんですよ。俺は、嫌だよ、冗談じゃないよと、寒いところ嫌いだし、と言って嫌がったのに。しかも俺、数学とか全部零点だったし。

:数学、物理。掛け値なしにね。

小田嶋:掛け値なしで、零点を9枚連続で出したようなことをしていたから。

:あれは要するに、現役の時にどこも受からないことが明確だった。あの時点でね。それでキミらは、たとえ2浪してもどこも受からないだろう、ということまで先生に言われ、侮辱され。つまり今回の受験というのが、まったくの形だけのものだというのが明らかになって、じゃ、お前、スキーをやったことがあるか、ということになったんだよ。

小田嶋:そうそう。北海道の雪は違うぞ、なんて。

:小田嶋はスキーをやったことがあったけど俺はなくて、北海道というのも行ったことがないのよ。それで北海道大学を受験することになると、スキーができて、親が金を出すよね。だからこんないいことないよ、ということになったんだよね。

小田嶋:最初はそうは言ってなかった。お前は本気だったからね。だから、北海道の文化だとか、何とか寮がどうしたとか、いろいろなことを言ってきて、俺がそれに一向になびかなかったとなった時に、スキーを持ち出してきたんだよ。

:お前、よく覚えてるな、細かいこと。

小田嶋:最終的に、そこで俺も折れたわけよ。

:しかも4人で行ったんだよ、マージャンができるように。

小田嶋:4人そろわなきゃ行けないという、その4人目として、俺はすごいオルグを受けて。たかだか受験なのに8泊9日かなんか。

アリとおばさん

もちろん落ちたんでしょう。

小田嶋:もちろん落ちましたよ。

:ところが1人受かっちゃったんだよ。そいつは「お前ら、来年、絶対、北大受けろよ」と、もう懇願するように言って。俺たちも「もちろんだよ」なんて言って別れたんだけど、東京でそいつを北海道に送り出して、その後誰も受けなかった。

小田嶋:ひどいよね。

:ひどいよ。話は受験の日に戻るけど、英語の試験で、スージーおばさんの話が出たんだけど、俺はアーントというのがアリ(アント)かと思った。

おばさんがアリだと。

:うん。それで、あれ、これ、生物の話なの? ずいぶん込み入った話だな、と思って。で、自然科学における生物とは文学でもある、みたいなわけの分からない訳文を書いて。英文解釈って内容が多少間違っていても、いい文章を書けば、場合によっては点数が取れるんだよね、予備校で試してはみたんだ。で、帰ってきて小田嶋らとホテルで落ち合った時に「あのアリの話だけどさ」と言ったら「お前、落ちたよ」と即座に言われて。

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