本記事は2007年10月5日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

(いっそのこと前回から読む)

文章にしろ、広告のクリエイションにしろ、世の中は「表現」に理詰めの説明とアウトプットを求めがちですが。

:そうなんですよ。でも理詰めでできることは3割ぐらいなんですよね。あとの7割は直感的なことだ。

小田嶋:俺なんかはずっとライターでやっているけど、一時期コンピュータのバブルがあった時に、広告のコピーライターをしたことがあるんです。ライターをやっていた人間がコピーの方をやると、何か、大工に鋸の引き方を教えるのか、みたいな感じを持っちゃって。結局耐えられなかったですね。

:どういうことだったの?

「修整」させない雰囲気を作る

小田嶋:大まじめでラフ案を20ぐらい作っていくんだけど、そうするとクライアントが「ここをこういうふうに膨らませるといいんじゃないか」とか「そこはああだ」とか、いろいろ言ってくるわけ。こっちは、お前、そこまで言うなら自分で書けよ、みたいに感じて。そんなにあれこれ言うなら、何で俺の方に回すんだ、と。

クリエイティブディレクター 岡 康道氏

クリエイティブディレクター 岡 康道氏 (写真:大槻 純一、以下同)

:ああ。だから、クライアントに対しては、まず非常に言いにくい雰囲気をつくるということも大事なんだよ。それは嫌な感じになれ、ということではないよ。でも、何かこの人にはいろいろ言いにくい感じがあるなー、という雰囲気をつくっちゃえば、人は言わないんだよね。

小田嶋:俺がそこで気が付いたことがある。ラフをチェックする人間がいて、そんなにメチャクチャその人が出てきたものにそのまま「はい、オーケーです」と言ったら、その人は仕事をしなかったことになっちゃう、と思っているんじゃないか。だから「ここをもう少し膨らませるといいんじゃないか」とか、余計なことを言わなきゃならなくなっている。

:気持ちで言うんだね。

小田嶋:言う方は何か自分が関わった気になっているかもしれないけど、5~6回直されて、俺はすっかり気分を壊しているの。

:直されると確かに気分は壊れるよね。

小田嶋:普通、コラムニストは文章を直されることはあり得ないんですよ。間違いだとか、誤記だとか、事実誤認なんかは、直して当然なんだけど、そういう場合でも編集者は「これでいいんですか?」と、すごく遠慮がちに言ってくるんですよ。

:明らかな事実誤認なのに(笑)。

小田嶋:激しく恐縮して(笑)。

:広告のクライアントは、バンバン言ってくるね、確かに。だけどこっちは、聞いているような、聞いていないようなところもある。何でもかんでも言われた通りにするとキャンペーンは失敗する。そうなると結果、もっとも迷惑をこうむるのはクライアントになってしまうんだ。

小田嶋:ああいうクライアントがワンサカいる世界で、俺が見ても分かるようなものを作っている岡は偉いなと思う。

:それでも、相性が全然だめなクライアントもたくさんありますよ。きみたち、二度と来ないでいいです、みたいなこともあるし。

小田嶋:それはそうだろうな。

:そんなにすっと納得してもらいたくないんだけど、ある種の不良性というんですかね、そういうものが格好いいという70年代特有の感覚が僕の中にあるわけ。タグボートが作っている広告って、いわゆる成績のいい子たちが作ったギャグではない種類のギャグで、そういうのを受け入れないクライアントというのは、はっきり存在します。だから広告賞というものも、あんまり取らなくなりましたね。タグボートになってから。広告賞を取るのは、やっぱり優等生が言うギャグなんだよね。

では、こういう文章が好きなんだ、という具体例はありますか?

小田嶋:ホームランゾーンと空振りゾーンというのは、すぐ隣だったりするでしょう。だから俺は、好きな文章と嫌いな文章は、すごく似ていますよ。好きな文章は何かと聞かれると……これは答えるのもまた、すごく困るけど、チャンドラーとかが好きなんです。でもチャンドラーの真似は大嫌いだね。と、こうなっちゃうんですよね。

:それはよく分かるよ。

小田嶋:でも、自分でチャンドラーの真似をいましめていても、やっぱりやりたくなるんだよね(笑)。物書きで、チャンドラーの影響を受けていない人はあんまり多くないけど、たとえば露骨にチャンドラーの影響下にある人が何人かいますよね。

原尞さん。

:原尞はちゃんとやっているから、偉いなと、一目置いているんだけど、そうじゃなくて、たとえば本人は認めないかもしれないけど、沢木耕太郎とか、あと金子達仁とか……

金子さんもそうですね。

若くて上手な書き手は不愉快だ(笑)

コラムニスト 小田嶋隆氏

コラムニスト 小田嶋隆氏

小田嶋:たとえば村上春樹なんかは、かなり多大な影響を受けているだろうけど、それを隠さず自分のものにしている感じがするから、私はちゃんと一目置いていますが、恥ずかしげもなく、という書き手がいますよね。「Number」の書き手とか。

一同:ああ。

:僕は嫌いな文章は読まないから、あんまり語れないけど、嫌いというならば、村上龍の文章はあまり好きではないですね。何というかな、才能がうっとうしくて、あのエネルギーが圧迫してくる。直木賞や芥川賞を取ったりしたものは、ほとんど読むようにしているんだけど、でも、面白いと思ったことがないんですよね。何でかな。

小田嶋:俺はここ20年ぐらい、芥川賞とか直木賞を取ったものは、ほとんど読んでいない。どこかに書いたことがあるけど、出来がいいと不愉快だし、出来が悪くても不愉快だし。戦後生まれの自分と同世代か、それより若い人間がいい文章を書いているというのはちょっと嫌なんです。

:変わっているな、お前。俺は好きな作家を見つけたいな、とわりあい思っているよ。ただ、佐藤正午とかが出てきた時は期待したんだけど、その後はあまり面白いと思わないし、東野圭吾なんかも初期のころはすごくいいと思っていたけど、そうでもなかったり。何だろうな。

続きを読む 2/4 書いていただいて、お金もいただく商売

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