全9837文字

飛騨市観光協会アドバイザーとして飛騨に関わり始める

山田:ちょうどそのとき、地元の観光協会の会長にその方が推薦され、山田と一緒にやるならという条件で、会長に就任することになりました。その時に私も飛騨市観光協会アドバイザーという肩書をもらい、地域のツーリズムに携わるきっかけを得ました。

村山:アドバイザーとして何に取り組んだのですか。

山田:まずは観光戦略の基本計画作りをサポートしていきました。飛騨市は「世界に通じる古川を目指して」というスローガンを掲げ、グローバルな視点でツーリズムを捉え、計画を練っていきました。例えば1年目はマスタープラン作りと協会理事たちの一体化を目指して、ヨーロッパ視察などを組み込みました。2年目は、具体的な実行プランの中でも、キーとなる要素として、地元の魅力を分かってくれるようなプログラム開発・運営と、少なくとも英語でのウェブサイト制作は必要だろうと準備を進めていきました。

村山:そこから、現在の美ら地球の事業、そして、SATOYAMA EXPERIENCEにはどうつながるのですか。

山田:「美ら地球」は2007年に法人として立ち上げました。飛騨里山サイクリングの立ち上げは2009年です。きっかけは先ほどのアドバイザー業務で、プログラムの運営は誰がやるの、という話になり、誰も手を挙げず…。

村山:いろいろ話して盛り上がったけど、実際にやる人がいないと。

誰がやるのか。自分しかいない!

山田:そういうことです。マスタープラン、計画は作るけれど、では実行は誰がするのと。プログラム開発も観光協会としてやっていたんですが、実際その開発されたプログラムを誰が運営するのかと。僕は元々、法人向けのコンサルタントで、いわゆるBtoB寄りのビジネスをしてきた人間ですから、自分は適任ではないと最初は思っていました。でも僕以外にやる人がいない。仕方なく始めたのが2009年です。

村山:なるほど。それで飛騨里山サイクリングの運営を始めたのですか。

民家お手入れお助け隊。ボランティアが古民家の手入れのお手伝い(写真:(株)美ら地球)

山田:実は最初は別事業からスタートしました。飛騨ではどんどん空き家が増えて、300年もの歴史のある家までも取り壊したりしている。本当にもったいないと思うんですよ。そこで、「ひだ山村・民家活性化プロジェクト」を立ち上げ、飛騨市内の1300軒近くの古民家を調査しました。その結果、世界に誇るべき立派な古民家が次々と消えていく実態が明らかになったんです。1軒でも多くの民家を残すために、「飛騨民家のお手入れお助け隊」という活動を提案して、今もボランティアで古民家の手入れを継続的に行っています。

村山:そういう活動を先に始めたんですね。そうすることで地元の実態が理解できるし、何よりも地元の人との関係が深まるでしょう。

山田:その通りです。そうした活動が、その後のサイクリング事業を下支えしていると思います。サイクリング事業は、2009年秋に自転車3台でテストを始め、調査やボランティア活動と並行して進めました。