:僕は仕事で3割打っているかどうか微妙ですけど、でも、たとえ3割ヒットでも、意識の中では、ほとんど失敗している、と思っていますよね。そういうふうにリセットしないと、次に向かえないというのはある。

 同時に、状況が悪すぎて、自分の力ではもうどうしようもできない、ということだってあるよね。打席だって、そういうことって、あるでしょう。

高木:ピッチャーの調子がよすぎて打てない、ということだってあるよね。

:ピッチャーにとって、年に1度、あるかないかの絶好調な日って、あるじゃない? そんなのに当たっちゃうと、こんな日に、こんなやつが、こんな球を投げてくるのかよって無力感に襲われない?

高木:一昨年の日本シリーズで完全試合をやり損ねた山井大介。ああいうのに当たったら、どうしようもないね。

:それを広告の仕事に無理やり結びつけると、クライアントのあまりに無理な注文によって、これはもうヒットさせることなんか絶対に無理、というときがあるんだよ。だから、野球選手の打席でも、僕のような仕事でも、失敗したうちの半分ぐらいは、これはどうしようもないものなんです。

いったん、そう割り切る、と。

「打ち得る」ケースは、6~7割しかない

:そうすると僕らが勝負するのは、10回打席のうち、おそらくは6回ぐらいなんだと思うんですよ。つまり、打ち得る、ヒットし得るチャンスがあるのは。で、そのうちの半分を打つということだと思うんですよね。

ということは、分母が小さくなって、ハードルが高くなりますね。

:そうなんだよ。2割、3割って、結構、ハードルが高いんだよ。

高木:野球は打順みたいな要素もからんできますからね。僕は現役時代、2番バッターだったんですが、このポジションは打とうと思っても、エンドランやバントのサインが出たりするので、あまり打てないですよ。監督からのそういう注文に応じながら、制約のある打席を、いかに自分のものにするか、考えなければならない。

:だから僕自身も、3番、4番というより、2番バッターとかの方が感情移入しやすいですね。俺だって右におっ付けているんだよ、と。なのに、何でお前は引っ張っているんだ、と。そういうのってあるじゃない?

高木:ありますよね。

:だから人間的なんですよ、2番というのは(笑)。

高木:本当に超大物にならないと4番打者は務められないですよ。広告で言ったら、クライアントが仕事を持ってきて、これでぜひお願いします、みたいな。

:だから僕らは4番じゃないですよ。でもね、僕はもともと小さいときから4番、5番に興味があったわけじゃないから。やっぱり近藤(和彦)とか重松(省三)、中塚(政幸)とかが好きなんです。松原(誠)よりは、山下大輔の方が好きで。だから高木豊が入ってきて本当によかったと思った。だって4番、5番って単純なんだよね、言ってみれば。

打つか打たないかなら、人生かんたん

高木:打つか打たないか、だから。

:でも、1番、2番はそうじゃないよね。

高木:試合の行方を決めますからね。

:もしかしたら、1番が選んだフォアボールが勝敗を分けることがある。2番はもっと複雑ですよね、サインがあるんだもん。高木はこの対談の前編で、「野球ではクリーンナップが主役で、それ以外は脇だ」と言ったけど、野球ファンというのは、そんなにクリーンナップばかりを見ているんじゃないと思う。

 というか、試合を見ているときは、クリーンナップのときは別に席を外したっていいわけです。2番の動きさえ見ておけば、トイレに行ってもいい。だって、あとは打つか打たないかだからさ。

高木:この人、極論を言ってますからね(笑)。

:いや、分かりやすく言えばそうなんです。

すごく分かりやすいです。

高木:でも、打つか打たないかは見届けて、それからトイレに行くでしょう。

:まあね。

高木:そこなんですよ。

:実は階段のところで一応、打つかな、と待っているんです(笑)。

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