「日経ビジネス電子版」の人気連載コラムニスト、小田嶋隆さんと、高校時代の級友、故・岡康道さん、そして清野由美さんの掛け合いによる連載「人生の諸問題」。「もう一度読みたい」とのリクエストにお応えしまして、第1回から掲載いたします。初出は以下のお知らせにございます。(以下は2021年の、最初の再掲載時のお知らせです。岡さんへの追悼記事も、ぜひお読みください)

 本記事は2009年7月24日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

前編から読む)

単行本のタイトル「人生2割でちょうどいい」のテーマで、内田樹・神戸女学院大学教授と小田嶋隆さんが対談を行いましたが、実は2割でも難しいんじゃないか、という話になりました(「2割」で戦えば、8割の「負けしろ」が使える)。プロ野球でいうと、この「2割」とはどんな感じでしょうか。

高木:野球の打率から言うとね、2割ぐらいでいいんだったら、楽に力が抜けてできますよ。でも、そこから3割を打てる、と欲をかくと、力が入っていって長く続かない。

 僕はプロ野球の現役を14年やりましたけど、例えば打率が2割でいいのであれば、選手としての寿命は18年に延びていたかも分からないです。

2割でよければ、イチローは50歳まで野球をやれる

:もっと伸びているよ。

高木豊(たかぎ ゆたか)
1958年山口県生まれ、中央大学卒。1980年にドラフト3位で横浜大洋ホエールズに入団。俊足、鉄壁の守備で2年目より1番セカンドのレギュラーに定着。1983年から4年連続で打率3割をマーク、1984年には56盗塁で盗塁王に輝く。1990年は打率3割2分3厘でリーグ2位。加藤博一、屋鋪要らとスーパーカートリオとして活躍した。1993年、当時巨人の駒田徳広獲得に伴う大量解雇で自由契約となり日本ハムファイターズに移籍。1994年に現役を引退、1995年フジテレビジョン野球解説者に就任。2001年には横浜の内野守備走塁コーチに就任するが、1年で辞任。再びフジテレビ解説者となり、「熱チュー!プロ野球2004」のベンチ解説などの傍ら、2003年より長嶋茂雄が監督を務めるアテネオリンピック野球の代表チーム内野守備走塁コーチを務めた。主なタイトルは盗塁王1回(1984)、ベストナイン3回(1985、1990、1991)、ゴールデングラブ1回(1983)、オールスター出場8回。通算成績は1628試合出場、1716安打、打率2割9分7厘、88本塁打、545打点、321盗塁
(写真/大槻 純一 以下同)

高木:例えばイチローに、年間200本打たなくていいよ、打率は2割でいいよ、と言えば、50歳まで現役をやれますよ。だからこの本の趣旨は、そのぐらい力を抜いて人生を歩めばいい、ということじゃないかな。

例えば野球選手にとって3割打つということは、2割のときとはエネルギーが全然違うのですか。

高木:3割打つには、私生活から気を付けなきゃいけないですからね。厳密なルーティンを設定して、そのルーティンを壊さないように毎日を過ごさねばならない。

 でも2割だったら、今日は酒を飲んでひっくり返っていてもいいや、明日は打たなくても次の日に3本打てばいいや、みたいなメンタリティになりますよね。もう、ラクな方向に行っちゃいますね。

しかも、そっちの方が楽しそうだったりして。

:野球選手の場合は微妙だけどさ。

高木:いや、だから、この本は楽しい本なんでしょう。僕はそういうふうに解釈しましたけど。

:でも野球選手だったら、調子が悪くて2割台前半とか、場合によると1割台に下がっていたって、3割以上打ちたいと思っているはずだよ。

高木:もちろん打ちたいですよ。それは金に反映してきますから。野球選手というのは、寿命がある程度決められているじゃないですか。例えば平均寿命が10年だとして、10年の間にどのぐらい稼げるか、という計算が入ってくる。その欲が原動力なんだけど、でも、2割だったら、欲もへったくれもないですね。守備なんか2割でいいといったら、もう目をつぶってやっていますよ。もう楽しくてしょうがない。苦しいことは起きない。

:逆に言うと、どんなに優れた打者でも打率4割って、ほとんどあり得ない数字じゃない? あの、3割まで、という感じは、実際に3割打者として活躍していた高木さんから言うと、どんな数字なんだろうか。

高木:感覚なんですけど、3割打った年というのは、ものすごくよく打った、という感じが残るんですよね。それが3割を切ると、例えば2割9分台でも、ああ、今年は打てなかったな、って気分になる。10回立って3本打つか、2.9本打つか、微々たる差なんですけど、その差というのは非常に大きく感じますね。

打率を考えると、数字に意識が追われる

:それは数字というよりは体感なわけ?

高木:体感もありますけど、実際は数字に意識が追われていますね。特に3割に乗って、首位打者争いなんかし始めると、その意識が強くなる。数字に追われるというのは非常に嫌な感覚ですよね。ふっと気を抜くこと、楽になることができない。

クリエイティブディレクター 岡 康道氏

:内田先生と小田嶋の対談でも出てきた話だけど、成功打率を3割と言うのではなく、失敗打率を7割と言うと、聞こえ方はずいぶん違っちゃう感じがするよね。10回のうち3回打てた、ではなく、7回打てなかった、という負けしろのことは、自分の中でどういう意識処理をするの?

高木:やっぱり内容ですよ。10回立って、不幸にも3回しかヒットにならなかった、というときでも、7回の内容がよければ、次へつながるものがあるから、自分としては納得できるわけです。

 でも、10打席連続ノーヒットということもあるわけでしょう。このとき、自分が描いている内容とまったく違っていると、すごいストレスになって溜まってきますね。

 野球に限らず仕事でも、トータルで3割行ける人が、あとの7割を次につながらないようなやり方でやったら、やっぱりストレスが溜まると思う。でも、例え今は2割の成功率でも、その成功を収めるために、あとの8割で布石を打っているんであれば、次へつながっていくはずですよ。

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