小田嶋:だけど、すでにファッション中枢みたいなものが壊れていて、気付いたときは、もう時遅し、だった。
岡:母親が買ってくれる洋服を着なくなるころってあるじゃない? 中学生ぐらいからさ。そういう時期に、友達と何度か服を買いに行ったんだけど、俺のサイズはでかすぎて、何にも買えないんだよ。売ってないわけだから、関心を維持できない。それで僕はやめたというか、そっちへの興味を一切なくしちゃったんだよね。
小田嶋:1970年代ぐらいまで、体のでかいやつって、両国へ行かなきゃいけなかったんだよね。
岡:両国に行かないと、LLサイズや29センチの靴は売ってないわけです。
小田嶋:相撲取りの専門店ね。だから普通の人間と相撲取り、と70年代まで、日本人はざっくりいって、そういう分類だったわけ。
岡:青年にとっては屈辱的な事態だよ。
日本の中年、スーツしか着地点なし
小田嶋:それが80年代に入ると世の中が変わって、小さいやつの方が、おしゃれができなくなった。忘れもしないんだけど、ブルックス・ブラザーズが青山にできたときに、あ、かっこいいな、と思って俺は行ったのよ。けっこうどきどきしながら試着したら、Mでもポケットがこの辺なわけ(=お腹のあたり)。カルバン・クラインなんかも、日本に来たころとかって、岡ぐらいの体格がないと着られないものになっていた。
カルバン・クラインも試着したんですか?
小田嶋:試着はした。試着して、だから撤退した。
岡さんは「仕事ではスーツしか着ない」というのがポリシーだとうかがいましたが。
岡:というのは、やっぱりカジュアルが分からないですからね、正直に言うと。
小田嶋:若いころに両国に行っているとね。でも、岡が就職したか何かで、上から下までいきなりカルバン・クラインで決めてきたときは、驚いた。それまでの金がなかった時期の格好とは激変していて、これが、かっこいいったらありゃしないのよ。
岡:あれはデパートに行って、マネキンが着ているのを上から下まで、そっくりくれ、という決断をする他なかった。
小田嶋:まあ、それとは別に、岡に限らず、日本の中年男の着地点って、結局スーツしかないでしょう。

岡:ゴルフ場もそうだよね。ゴルフ場への往復とか、チェックインするときというのは、みんなスーツじゃないよね。かといって、ゴルフウェアでもないでしょう。この格好が妙なんだよ。ほぼ全員、妙なんだ。だから僕はゴルフ場に行くときも、カジュアルなスーツにしている。そうすれば間違いはないわけです。
小田嶋:岡は、ぱっと見、かっこいいけど、内実は消極的だよね。
岡:羊のように消極的なんだよ。なるべくスーツでいたいんだよね。本当にスーツでいたいの、何にもない日でも。だって上下間違えることもないしさ、合わないってこともないわけだし、心配ないじゃん。ただ、日曜日に家でスーツ着ている人って、おかしいからさ。
相当なもんです。
岡:でもさ、例えばイタリア人のおじさんたちって、いつ、どんなときに見ても、かっこいいじゃない? どうしてあんなに、なっちゃうんだよ?
小田嶋:それは言っても仕方がないよ。こういうときにはこういうのを、こういうふうに着るとか、そういう積み重ねの歴史が違うんだから。あとさ、街とか家とかの背景もさ、全然違うんだから。その辺にマントルピースがあったりとか(笑)。
ホテルの照明は、基本、ぜんぶ点けます
岡:あと、あの人たちは、夜、暗くして過ごしているのよ。
小田嶋:あいつら明るくしていない。
岡:俺、明るいのが好きなんだよ。
小田嶋:俺も暗いのはだめだもんな。
岡:だめ、全然だめ。僕、電気はぜーんぶ、点けちゃう(笑)。
それって蛍光灯系ですか。
岡:もちろん、蛍光灯系。間接照明なんかあり得ない。目が悪くなっちゃう。
小田嶋:ほら、ちょっといいホテルに行くとさ、暗いじゃない、照明が。あれが俺も嫌でさ。
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