:球団が提示した年俸に対して、選手がそれでは納得できないという場合、話し合いを「参稼報酬調停委員会」というものに預けて、妥当な報酬を決めてもらおう、みたいな制度があるんですよ。T前後にも調停を申請した選手はいたんだけど、チームで最初にその権利を行使したのがTなんです。

小田嶋:それまでは王、長嶋じゃないけど、我々はお金のことは細かく言わないんですよ、という姿勢が美しい、と思わせるような雰囲気が球界にはあった。だから奴隷契約がずっと横行していたわけだよね。

日亜化学の元社員だった中村修二さんが、特許技術の発明者としての権利を、会社に主張した時期ですか。

小田嶋:あれより少し前だね。

:結局、Tはそれが原因で、最晩年はチームを出されたんです。キャプテンなのに放出されたんだよ。

小田嶋:古い野球ファンには、金にうるさい、って見方をされてしまったし。

日本のプロ野球界に合理的な思考はなじまないのですか。

小田嶋:体質が超古いからね、そういう意味では。だって、もともと、日本のプロ野球の球団というのは、昔のオーナー企業で、お金のあるところが、そのお金の移し替えのような感じの機構として使っていたんだから。

僕はTにやってほしいんだけど

そうなんですか?

小田嶋:いや、ここは笑って流してほしいところだけど(笑)。でも、昔はそうだったんだよ。だって球団に使ったお金は、そんなに細かく言わなくていいよ、その赤字は宣伝費として見てあげるよ、ということになっていたんだから。それはアメリカ軍だか何だかが、敗戦後の日本に野球という国民的娯楽を与えるために、プロ野球球団は税法上、特別扱いでいいよって話にしていたから。そうすると、40億円とか50億円ってお金を動かしたときに、「何に使いました?」「はい、球団に使いました」で通っちゃう、と。

:本当か?

小田嶋:詳しく言うと昭和29年に、《職業野球団に支出した広告宣伝費の取り扱いについて》という通達が国税局から出ていて、要するに、プロ野球の球団に使った支出は、親会社の損金で落とせるようになっていたわけだよ。だからずっと、ある時期までは、球団のオーナーって、普通の一部上場企業というよりは、完璧なオーナー企業だったでしょう。

:そうなると、体質が新しいわけがないよね。

小田嶋:Tは、そういう体質の世界で、アメリカ式にきちんと弁護士を立てて、数字で契約の筋を通そうとしたんだよね。オーナーに気に入られたか、気に入られなかったか、じゃなくて、どれだけの数字を残したか。そして、それへの対価として適切な報酬を得たい、という考え方で。

:彼は、もともとクールなやつで。

小田嶋:そう、頭の中が近代的だよね。

:合理的なやつだから、解説もうまいし、ちゃんとしている。

小田嶋:だからTなんかは、新世代の旗手だよね、当時にすれば。

:僕らより2学年下かな。僕はTに監督をやってもらいたいけどね。

小田嶋:でも、今の状況で任されるのもかわいそうだけど。

:こんなときに、ベイスターズの監督を引き受けるのは損だ、という見方もできる。

小田嶋:野村かもしれないね。楽天、契約が切れるでしょう。あと、バレンタインとか。

それで、相川捕手がヤクルトに行くと、どうして腹が立つのですか。

:同一リーグだから、横浜のサインは全部ヤクルトに筒抜けになるわけですよ。いくら変えたとしても、その球団独特のものは残っちゃうから、少なくとも相川は見破ることがそう難しくはないし、結果としても、横浜は今、ヤクルト戦にものすごく弱いチームになっている。

それは確かに腹立たしい事態ですね。

:だろう?

俺が育てたあいつが出ていった

移籍は相川さんが決断したことなんですか。

:そうでしょうね。

じゃあ、相川さんに腹を立てているわけですか。

:いや、それとも違う。選手がFAを宣言して、もっといい球団、もっと自分を高く買ってくれるところに行きたい、という気持ちの半分は、引き留めてほしい、ってことですよ、おそらく。だから、やっぱり横浜は捕手相川を引き留められなかったのか、ということです。

小田嶋:引き留めるだけの条件を提示できなかったということだよね、きっと。

ということは、横浜ベイスターズに腹を立てたということなんですか。

:そうだね。でも、相川にも、もちろん腹を立てたよ。

やっぱり。

:だって、会ったことはないけどさ、ファンは、キャッチャーというものに対しては、特別な愛情を注いで、監督と同じ信頼を抱いているわけだよ。チームの要なんだからさ。

小田嶋:自分で育てたような気持ちだよね。

:そうそう、そういう気持ちになって。俺はあいつのことを、入団のときから知っているんだ、と。

小田嶋:なるほど(笑)。

:なのに何なんだ、あいつは、ということですよね。このぐらいファン歴が長くなると、すべての選手は入団発表のときから知っているわけだし。

親戚の叔父さんの気持ちなんですね。

小田嶋:あのさ、ベイスターズって、小田嶋というキャッチャーもいただろう、1軍に。

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